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立ち呑み日記・南の島のサラダ [サラダ]

おとといの立ち呑み日記でサラダドレッシングを検索して、あらあらと思ったんですが・・

ワタシらがおとしごろの時代にさんッざんぱらサラダにかけた、「サ(ウ)ザンアイランド」、なんとまあ、ウィキペディアに独立した項目が、ないんですヨ。

解説は、「サラダドレッシング」の項のなかにひっそりと、一応はありました。

「フレンチドレッシング」は単独で項が立っているのに、なんでまたここまでないがしろにされなきゃ、ならないんだか。

「・・・そんなの流行ったっけ?」
と、おっしゃっているそこのオトーサン、記憶の隅をよーくつついてみてくださいナ。

『ポパイ』小脇にかかえて、LPからカセットにダビングした山下達郎やらクリストファークロスやらをウォークマンで聞きながら、『JJ』とテニスラケット抱えた友だち以上恋人未満の彼女と、コジャレたカジュアルレストランへ、もしくは「シェーキーズ」でもいいです、ランチしに行く。

彼女は、ツナサラダセット(パン、飲み物付き)をたのみ、ないしは、店にサラダバーがある。

ドレッシングはどうなさいます? と、かならず聞かれますから、
「サ(ウ)ザンアイランド」
と、指定するんです。

サーモン色した、マヨネーズベースのドレッシング。

濃厚で甘酸っぱく、野菜サラダが何倍もおいしくなり、なにより、西海岸、なんて言葉を連想させる、「今」(80年代)っぽいオシャレな味になりました。

ポテトにつけるとおいしいよ、と、ワタシなど渋谷の「シェーキーズ」で、気のいい店員さんからおしえてもらったことさえ、あります。

『nonno』だったか『オリーブ』だったか、作り方も、載っていました。このころには家庭でも、生野菜にはマヨネーズからドレッシングへ、すっかり移行していましたからね。

1970年代後半から市販のドレッシングを買うようになり、あるいはお中元お歳暮の詰め合わせにも、出回るようになる。

和風ドレッシングの登場が、1978年です。

今でこそみなさん、ちゃっちゃっとスプーンで酢と油をまぜて、手早くドレッシングをおつくりになるでしょうが、当初は大仕事でしたよね。

あわだて器のうーんとちっちゃいのをドレッシング用にわざわざ用意し、お酢1、油2、なんていう料理本のレシピをにらみながら、ツノが立ちそうな勢いで、しゃかしゃか、かきまぜたものでした。

サ(ウ)サンアイランドはさらにここへケチャップやら玉ネギのすりおろしやらゆで卵のみじんやらが入ります。

「この味がいいね」ときみが言ったから七月六日はサラダ記念日
と、謳われた、俵万智『サラダ記念日』は1987年刊。

きみがいいと言ったこの味とは、まごうことなく、サ(ウ)ザンアイランド(と決めつける)。

日本に生野菜のサラダは、終戦後進駐軍がもたらしたものだそうですが、ドレッシングもまたアメリカ発だったんですネ。

フレンチドレッシングも、フランスでおなじみのビネグレットソースではなく、酢油に砂糖を加えたアメリカで言われるほうのフレンチ、だそうです。


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バスの中からパチリ。国鉄のリヨン駅、です。

前菜は、トマトとオイルサーディンのサラダ
主菜は、フランクフルトソーセージ、カリフラワーとじゃがいものクリーム和え


立ち呑み日記・コンビ [サラダ]

コンビネーションジャンプ! 
と、JSTV(欧州向け日本語衛星放送)をつけたらNHK杯フィギュアスケート国際大会の中継で、そう快哉が叫ばれたところでした。すると、こつ然と思い出した。

コンビネーションサラダ、って、そういえばあったナ。

千切りキャベツを土台に、天をつく感じにアスパラが二本、その真下に、カワがウサギリンゴ風にめくれた八つ切りトマトが二、三片、楕円の薄切りキュウリも三、四片。中腹にはポテサラの半球と、スイートコーン。輪切りピーマンがふたつみっつ、トマトにかぶさるように飾られていたりも、します。

おっとパセリを忘れてました。コンビネーションサラダには、かなッらずささっているものです。

といって、アスパラのてっぺんにカツラのごとく、これみよがしにかぶさっているわけもなく、下方の、トマトのワキあたりに楚々と添えられる。

パセリの隣りには、ぽってり、という感じに、マヨネーズが盛られます。ドレッシングが一般的になる以前、生野菜はマヨネーズで食べるものでしたからね。

戦後日本で生野菜を食べるようになり、キューピーから国産ドレッシングが初めて登場したのが1958年といいますから、ワタシらと同世代です。

が、そう簡単には浸透せず、ドレッシングが一般的になったのは、1978年、だそう。その間の主流は、マヨネーズ。

さて、たまさかに洋食レストランに連れて来てもらった、なんて時に、ワタシら子どもは、海老グラタンだのスパゲッティーナポリタンだのハンバーグステーキだのをとるわけですが、誰の前、とは明確にされず、コンビネーションサラダもテーブルにのったものです。

たのむのはたいてい、オカーサン(ワタシらのオカーサンです)。

マヨネーズをなすりつけたトマトやキュウリが子どもらの皿へ移り、アスパラがオトーサンのビールのつまみになる。

サラダといったらコンビネーションサラダで、洋食レストランで、家族みんなでつつくものでした。家庭の食卓にのぼるものでもなかったように思います。

それが、いつしか、一人でボール抱えて野菜サラダをわしわし食べるまでに、なった。確かにそれは今思えば、1978年あたりからなんですね。

コンビネーションサラダ、ではなく、サラダバー。

「シェーキーズ」などがそれで、一人ひと皿盛れるだけ盛り、ドレッシングをビャーッとかけまわします。このドレッシングは、サウザンアイランド、という、ケチャップで赤く色づけたマヨネーズ風で、当時大流行してました。

サラダは野菜だから太らない、というので、学校帰りの寄り道に、すかして山盛りサラダを注文したり、したものです(サウザンアイランドはごーってり)。

コンビネーションサラダとは、その後もつかず離れずの関係が続き、今日ではファミレスや居酒屋などでも誰の前とは明確にならずテーブルにのり、やはりみんなでつつきますよネ。


PIC_0514.JPG
7歳半のムスコのなかよしのお誕生日会に持っていくプレゼント。「レダカイ」という仏米合作のポケモンみたいな3Dカードだそうです。

前菜は、タブレ(クスクスのサラダ)
主菜は、オムレツ、カリフラワーとじゃがいものクリームソース

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