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立ち呑み日記・戦いなかば [追究]

フランス大統領選の、第1回選挙が終わりました。

中道派エマニュエル・マクロン、次いで極右マリーヌ・ルペンが上位2人に残り、5月7日に決選投票となります。

競り合うどちらに軍配が上がるか、
「さあどうなるッ」
と、あたかも接戦のごとく日本では報道されている感じを受けましたが、じっさいには勝負はもうついています。

2002年、保守シラク元大統領と極右ジャン・マリー・ルペン(マリーヌの父親)が決戦に残った際には、シラクはテレビの候補二者対談を拒否しました。

差別主義者と対等の場に立つ気はない、そんなことしようものなら別の形で彼らの主張をみとめたこととなってしまう。

今回、マクロンは二者対談は行うと発表しています。今日ではそれだけ極右が看過できない存在になってしまったわけです。

「どうよ、元気?」
と、なじみの肉屋へ行ったら、およそ元気のない声で店長のロベールに挨拶されました。

ロベールは、引退した先の店主から居抜きで現在の経営者の下へ移籍し、一精肉職人から店長へと昇格。部下1人の小所帯なれど管理職には管理職のものの見方というものがあるものです。

意気消沈の理由が手に取るように分かりましたね。頼みの保守候補フィヨンがルペンに負け、大統領への道は断たれてしまった。

「決戦ではマクロン氏に投票します」
と、フィヨンは当選予測の第一報が出た時点で早々と敗退をみとめ、今後の身の振り方を発表しました。

「あいつらはね、右も左も真ん中もなくみんなつるんでるのさ」
と、ロベールのこぼすまいことか。
「同じエリート校出身の、陰じゃみんなおともだち、っていう茶番だよ」

確かにまあ、学校や議会で言葉を交わしている知り合いってのは確かでしょうけど・・

「だいたいね、つい前日まで政策を断固否定していたその口で『マクロンに投票します』なんてしゃあしゃあとぬかせるものかね」

でも万が一フランスが極右に牛耳られた日にはワタシなぞ外国人は住めなくなっちゃうじゃないの・・

タマゴを割らねばオムレツは出来ぬ、
というフランスのことわざを持ち出して左派メランション候補打ち出す新機軸に期待をかけていた友人は、今気持ちをどう整理しているんだか。

フランス南西部でトップの人気を誇ったメランションは、フィヨンの下の4位。

うちの14歳のムスメもまた選挙権もないのにメランションの政策に大いに入れあげ、政治デモにまで参加したクチです(前回の立ち呑み日記をご高覧ください)。

ムスメはテレビの開票速報を祈りをもって見つめ、その残念な結果に落涙し晩ごはんもそこそこにフテ寝したところ夜半に具合が悪くなって七転八倒、学校休んで寝込みました。

外国人のワタシとしては、マクロンでまあ妥当じゃないかと思いますヨ。

肉屋では、晩ごはん用にソーセージとシュークルート(酢漬けキャベツ)を買いました。

シュークルートは安価な量り売りで、いつもと同じく2人前ほど買ったつもりでしたが、家に帰って開けてみるとずっしりもずーっしり10人前ほどもあり、ロベールの心の重さがこうさせたのかと、持て余しながらもしんみりしちゃいました。


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もう何週間も前の近所の桜。ぼんやりしている間に今になってしまいました。ここのところ更新せずほんとうにごめんなさい。

前菜は、トマトとツナのサラダ
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、ベシャメルソースとスパゲッティ、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・マカオに着く [追究]

ここのところ12歳のムスコは夜パジャマに着替えながら「しりとり」するのが日課なんですが・・。「き」がまわってきた時の、待ってましたとばかりの欣喜雀々、自信満々、いかばかりか。

「きんたま」

男子、といいますか正確を期しますとバカ男子、わが身にそなわっているこの器官の通称を発声する時のぐひひひ・・という得意満面といったらないです。

これで日本語の語彙が多少なりとも蓄積されるというのなら、マ、お品に関しては目をつむることにします。

ムスコはつい先ごろまで、実に不思議なことにこの日本語の存在をまるっきり知らなかったんですヨ。日本の小学校への体験入学は何度もしているし、それぞれの家へ遊びに誘い合う悪友(当然男子)だって何人もいるっていうのに、なぜ知らなかったんだか。

「チンコ」のほうは、6歳の体験入学の初日にさっさとおぼえて来ました。

「オチンチンは後ろ側までちゃんと洗いなさい」
とは、お風呂のときなんかに言うものの、「チンコ」なる語彙は家庭内にありませんでしたからね。

チンコのほうがオチンチンと言うより世慣れた感じがするンじゃないでしょうか。語彙は、いいも悪いも同世代の仲間から刺激を受けて増えて行くものです。

さて、きんたま。

「オカーサン、それどういう意味?」
と、ある日ムスコに聞かれ、知らなかったってことにたまげました。ユーチューバーによる「世界のスラング」テナ番組で聞きかじったもよう。

フランス語のほうはもちろん知ってますから「クイユ」とこうひと言で説明がつきましたが、日本語の「金」「玉」というのに、ムスコはいたく感激。

「中に本当に玉があるんだよオカーサン、それが金だというんだからいいな」
と、水(ウォーター)に触れて万物に名称があることを知ったヘレン・ケラーもかくやというありさまです。

それにしても昔のひとはなぜ「金」を持ち出したんでしょうネ。だって「玉(ギョク)」なら宝石の翡翠(ひすい)です。

翡翠玉、でもよかったんじゃないでしょうか・・

・・と思って調べてみたら、
生きているという意味の、生玉(キノタマ)、
大切なものという意味の、緊玉(キビシタマ)、
から、来ているものだそうです。

対するフランス語の「クイユ」couille’、古代ギリシャ語やラテン語で鞘(さや)とか隠すとか保護するというのが
語源だそうで、中身より外側を言ってます。

クイユ・モル(ふにゃきん)といったらけっこう耳にするフランス語の俗語で、「意気地なし野郎」。

「でもクイユはやわらかくて当たり前でしょ」
と、ちびすけどもがおそれ多くも校長先生に質問に行くおもしろいシーンがフランス映画の往年の名作「わんぱく戦争」にありました・・

・・とこう書いているうちに思い出しましたが、「きんたまの七不思議」なる春歌を大学生になりたての弟がコンパでおぼえて来て歌ってみせてくれたことがありました。

♪きんたまー、きんたまー、きんたまー・・
と、ガナリたてるのがなぜそんなに楽しいのかあっけにとられながらも、
(浪人生活が終わったのだなあ)
と、姉(ワタシです)は少々しみじみしましたです。


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はっ、写真撮り忘れたと大急ぎで先ほどスーパーで買ってきた化粧落としと歯磨き粉をパチリの手抜きの一枚。

前菜は、鶏ガラで出汁をとった長ネギスープ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト(以上昨日の残り)、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・駄セーター [追究]

ローソンのクリスマスキャンペーン景品があえてダサいデザインのセーターなり、という記事で、
駄セーター
なる言葉を知りました。

なかなか穿(うがった)ネーミングではありませんか。

駄セーターは、おもに英米(アングロ・サクソン)のクリスマスの風習(?)だそうです。

クリスマスのプレゼント交換に、親族のおばあちゃんや伯母さんあたりから手編みのセーター、それも胸の前面に大きなトナカイの首だの真っ赤なサンタさんだのが編みこまれたケバケバしいのが来ちゃう。

幼児向けならいいものの、大の成人男にこれです。

ひと目ひと目に真心こもっているところ、ジェントルマンたるもの(とほほ)と内心泣きながらも感謝の意を表し袖を通して見せないわけにいかない。

『ハリー・ポッター』にも、ハリーの親友で庶民的な大家族の六男・ロンに、お母さんお手製のクリスマスプレゼントとして胸に大きくイニシャルを折りこんだ野暮ったいことこの上ないセーターが送られて来るシーンがあります。

英米の男たちは、逃れられなかったダサい手編みセーターのトラウマを抱えて生きているらしいんですね。

そこで近頃ではこのトラウマを逆手にとり、あえてダサいセーター着てクリスマスパーティーにのぞむのが、ひとつの流行になっているもよう。

宴(うたげ)の終盤に、
一番ダサいで賞
が選出されより盛り上がる、という趣向です。

なんでも、この12月16日は「国際駄セーターデー」なんだそうな。フランスの新聞「ル・モンド」電子版までもがこの風潮を取り上げていたのでたまげました。

本年、なんでまた国をまたいでまでして駄セーターに注目が行ったのか。

フランスだって、おばあちゃんや親戚の伯母さんの手になる野暮ったい手編みセーターがノエルに贈られて来たはずですが、「駄(ugly)」の烙印が押されて来た気配はありませんでした。

アングロ・サクソンとラテン民族のこの見解の差はどこから来るのか。

万事アメリカ寄りの日本は、ローソンの景品をきっかけに駄セーターが発展していくんでしょうか。

ワタシが学生だった80年代前半は、クリスマスシーズンともなるとカレシへのプレゼント用に学食でせっせと編み針動かしてるコがあっちにもそっちにもいたもンですが。

あれから30余年、久々に編み棒引っ張りし出して息子、ないしはひょっとしてもう孫へ、あえて悪趣味セーター編んだりするのか。

「スネークマンショー」や「オレたちひょうきん族」などパロディになじんで来たわれわれ世代はおもしろがれそうな気もしますが。

こういう悪趣味セーター着てのパーティーは「ネクラ」でしょうか「ネアカ」でしょうか。

「駄セーターをあえてまとうことによって逆に本来の自分はこんなデザインなど手にしないという趣味の良さを体現するスノビズム」
というようなことが『ル・モンド』には書かれていましたが。

ローソンの景品のセーターは胸に大きく金のスパンコールのフライドチキンがあしらわれているそうです。

すっげぇダセぇ!
と、記事にはありましたが、渋谷の雑踏で見かけたら、ごくふつうにオシャレな感じがしないでもないです。


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パリ市役所前を通りがかりにパチリ。夕方のことでそんなに遅い時間ではないんですが。

前菜は、トマトとさいの目エマンタールチーズのサラダ、エリンギのオリーブ油ソテー
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、ねじりマカロニのペスト(バジリコソース)和え、しんげん塩茹で、マーシュサラダ


立ち呑み日記・ブルとモノ [追究]

あぢー・・
と、9月も半ばだというのにパリはここのところとげとげしい太陽にあぶられる日が続き、海を、過ぎ去ったバカンスを、懐かしむまいことか。

この夏は「ブルキニ」というイスラム教の女性向け水着で喧々諤々(けんけんごうごう)となりました。

フランスでは公共の場に宗教色を打ち出さない、ということで、カンヌなどビーチの有名どころでブルキニをしめだした。

ンなの大目に見たっていいじゃない世知辛いわねえ、
とも思いますが。

これ日本でたとえるなら、「うちわだいこ」じゃないでしょうか。

音が響くし持ち運びも軽いからアイドルのコンサートやスポーツ観戦に
「うちわだいこ、みんなで鳴らさない?」
ということになったとする。

しかしうちわだいこは特定の仏教宗派を連想させ
「こういう場でいかがなものか」
と社会問題になっていく、トまあ考えてはみたんですけど、いまひとつ例がわかりづらくハナシがかえってややこしくなっちゃいました。

さてブルキニ、もし日本に上陸したら、ウケがいいんじゃないでしょうか。

実家近くのイトーヨーカドーにこの夏ずらり吊るされていた水着は身体の線を隠すスカートやショートパンツ付きで、脚をすっぽり覆う水着用スパッツやUVケアの施された水にも入れるパーカー等も人気筋。

これらを全部まとっても紫外線にさらされる首元からあご下まで、ブルキニは完全に覆うんですゾ。

ブルキニの素材はどんなでしょうかネ。

フランス語の通販ページによると、
「ライクラで着心地よく水切れも良い」
とのことでした。

が、UVケアについては言及がありませんでした(ワタシの見たページでは)。

ユニクロあたりがUVケア素材で開発販売したら日本のオバサン連がとびつく気がします。海のみならず、庭の水撒きやウォーキングに重宝しそう。

「紫外線についてはわかるけどサ」
と、友人のフランソワーズはしかし肩をすくめましたね。

他人から見「られる」から隠す、
という発想が理解不能だと言うんです。

フランス人は「私」が第一なので、ビーチでブヨブヨのわき腹さらそうがおかまいなし、老若男女自分好みの水着でデーンとしています・・

・・とこう書きながら思い出しましたが、ブルキニの対極ともいえる、「モノキニ」って、そういえばあったナ。

フランスの水着売り場では、ビキニの上と下が別売りだったりします。晴れた日のセーヌ河岸でも、モノキニ一丁で胸も露わに気持ちよさげに日光浴している女性っているんですヨ。

モノキニ、日本ではどうなんでしょうか・・

・・とウィキペディアをひいてヘーエとなったんですが、欧州でいう「モノキニ」とはまったく異なるものなんですネ。前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニに見えるものを、「モノキニ」。

韓国版、スリランカ版もこの解説を採用してました。やはり文化的に、女性が隠す方へ行くお国柄と解放へ向かっていくお国柄は別の道なんでしょうね。

マ、どっちがよくてどっちが悪いというものでもなし。

あぢー・・
と、バカバカしいこと考えているうちににわか雨がたち、やんだ途端に秋模様となりました。


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明日はマルシェです。

前菜は、トマトサラダ、ロールモップ(ニシン酢漬けのスライス玉ネギ巻き)、ちびキュウリとバジリコの実味噌漬け
主菜は、仔牛肉の「芯」、香り茸と小粒じゃがいものクリームソテー、グリーンサラダ


立ち呑み日記・ファックスで [追究]

ただ今日本の実家で、老母が冷蔵庫につっこむだけつっこんだなりの賞味期限切れ食べ物の整理などして、テレビのワイドショーをのんべんだらりと観る日々を送っております。

するとみなさまご存知の通り、かの人気大女優が女手ひとつで手塩にかけ育て、お茶の間の高感度ナンバーワンとなった息子である若手俳優がたいへんな不祥事をしでかしたというスキャンダルがテレビを終日にぎわせることとなりました。

高畑淳子かわいそうねえ・・
と、賞味期限過ぎの「わかめ麺」を朝ごはんにポン酢でズルズルやりながらつけっぱなしのテレビに目をやると、所属事務所社長が取材陣に追われているところでした。

「詳細は各社宛てにファックスでお送りいたします」

詰め寄っていた取材陣もまた、
(ではファックスお待ちしていますよ)
というように納得して引いたので、へええ・・と、感心しちゃいましたヨ。

ファックスって、とっくの昔に絶滅した道具かと思いこんでました。

ウィキペディアによると、ファクシミリは1990年代に家庭に浸透し、ピークの1997年の生産台数は861万台、しかしその後電子メールが席巻し、2010年には26万台まで激減。

ワタシは売れないフリーライターで、パリの自宅でも1990年代は確かに日本の編集部とファクシミリでのやりとりは必須でしたが、21世紀に入ってこのかた出番はなくなりました。

うちのファクシミリは電話と一体型だったのでその後も電話として使っていたものの、受話器に不具合が出たのを潮にふつうの電話へと買い替え、ファックスとは完全に縁を切ることとなりました。

日本の実家にも電話機との一体型があることはありますが、A4の紙を縦に立てる部分からもっぱら孫の写真の写真立て代わりになってます。電話なら卓上に子機がありますし、老父は青汁なんかをインターネットで注文しています。

それに反して、芸能ニュース界ではファックスが確固たる現役選手なんですネ。

これだけメールが、ブログが、ツイッターが市民権を得ている中で、あえてファックスという理由がしかとあるのではないでしょうか。

すなわち、スキャンダルへの声明は、メールや、ブログや、ツイッターでは軽佻浮薄のそしりをまぬがれない(ンじゃないかなあ・・)

かといって書留郵便では封筒のあて名書きから何から手間と時間がかかりすぎ、なにより切手代がかさんじゃう。

そこで、現代通信技術の雄の印象いまだ薄れないファックスで、迅速と真摯を同時にアピールしつつスキャンダル払拭にこれつとめる(ってことじゃないかなあ・・)

先のスマップの解散発表も、FAXだったそうです。

放送局や雑誌新聞の編集部のファクシミリはでも、うちの実家と同じくふだんは目立たない場所にうちやられているものではないでしょうか。

芸能プロダクションのファクシミリとて同様でありましょう。今回、いずれの若手社員もめったにないことで、慣れない操作に戸惑ったと思いますぞ。

送り手受け手いずれ側も、ピーヒョロロローとなるときに口尖らせ、機械表面にうっすらたまったホコリをフーフーしたとワタシは確信しております。


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実家のワタシの部屋に今も残る留学時代にいただいたポスターをパチリ。

前菜は、トマト・カマボコ・缶詰マヨ和えホタテ貝のサラダ
主菜は、真空パックのローストビーフ・合鴨ロースト・焼き鳥(以上お中元の賞味期限スレスレ)の赤ワイン煮、いんげん塩茹でとケッパーを添えて



立ち呑み日記・食パン美少女 [追究]

漫画ではあるけど現実には一度も会ったことないキャラベスト10、
という記事にあたりました。

その堂々1位は、
「食パンくわえて、遅刻―!と、走っている制服の美少女」

そのイラストには、蝶結びのタイの首もとを世慣れた風にゆるめて膝上スカートという今風制服の美少女が、食パンくわえてダッシュしている。

マ、確かにワタシも一時帰国する折、こういう少女をついぞ見かけたことはありません。でもホンットに「実在しない」、ないしは「実在したことがなかった」んでしょうか。

「アラフィーにもちゃんと取材した?」
と、この記事をお書きになった若手(に決まってる)ライターさんに畳みかけたいですね。

なぜというに、ワタシ(アラフィーです)が中学生の時分、同級生の美少女が毎朝食パンくわえて家を飛び出ていた事実があるから。

当時、本人からしかと聞き及びました。

セーラー服にえんじ色のタイ揺らし、片手には持ち重みする革の学生鞄。あの学生鞄も、気が付けば見かけなくなりました。

息せき切って家を飛び出す同級生のもう片手には、トーストがあります。

ただし、漫画に描かれるように一枚口にくわえるのではなく、バターをぬったほうを内側に二枚重ねにしてつかむ(そのほうが食べやすい)。

漫画では、食パン美少女は不意に少年とぶつかり恋が生まれますが、彼女によると、
「誰かにぶつかるような運動音痴には全力疾走しながら食べ切るのは無理(キッパリ)」

ワタシなど無類の運動音痴ですから、走りながらカミカミゴックンなどのみこんだものが背中のほうへ入りそうで、想像するだに息苦しくなったもンです。

われらが食パン美少女は別に誰かとぶつからずとも、名門男子校生のイケメンカレシがちゃーんといました(ABCガラミについても聞き及んでますがこれはまた別の機会)。

ABCって靴屋? というささやきがお若い方々から聞こえてきたようなので念のため記しますと、A(キス)から「最後までいっちゃう」(「C」)まで、符牒のように言ったものなんです。

漫画によく登場するという食パン美少女って、
「もともとの出典が未詳」
なんだそうです。

未詳のまま、バナナですってんころりんと
同じくパロディのほうが発展したのだそう。

1989年『サルでも描けるマンガ教室』
(相原コージ、竹熊健太郎共著)に、ありがちな
出会いの例として紹介されているのが最初とも言われています。

『エヴァンゲリオン』の綾羽レイが起源、
との説もあるそうですが、これらはいくらなんでも
若手の見解に偏りすぎではありますまいか。

少女マンガでは、1965年『リンゴの並木道』((西谷祥子)、
あるいは1968年『パティの初恋』(木村三四子)、
少女でなければ、1965年の回の『フジ三太郎』、
1962年の回の『サザエさん』までさかのぼれるそう。

つまりそれは、日本人の朝食がパン食に
移行した時期と合致する、ということでありましょう。

「モーレツ」時代、食パンかじりつつ家を出た
人って、あんがいいたのではないでしようか。

ではなぜ最近、食パン美少女を見かけないのか。

元食パン美少女のわが同級生がまさに
そうなんですが、自分が親になった
あかつきには平日の朝寝坊などあるまじき、
栄養バランスのいい朝ごはんを何が何でも
食べさせてからおくり出しているから・・

・・とまあ考えるんですけど、どんなもンでしょうかネ。


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信号を待ちながらパチリ。

前菜は、メロン
主菜は、舌平目グリル、じゃがいもロースト、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・くわんくわん [追究]

ワルガキ二匹が、午前中の授業がいつもより1時間多くてお昼にお腹の空き切ったところで、目の色かえてカレーうどんにかぶりついている。

うちは学校の目と鼻の先なので、お昼はいったん帰って来て食べるんですヨ。

それにしても、お腹がきゅうきゅうに空いているときのカレーうどんっテのは迫力ありますナ。

怒涛、というのが誇張でなく、どばーッとすすりこむ。そうと予想はついていたのでうどんをよく水で洗って多少ぬるくしておいたのが幸いでした。

テーブルクロスに散る飛沫。マ、うちのは防水布なのでさっと拭けばすむことですが。

「もうちょっとお行儀よく食べなさい」
と、声をかけると、(へ?)という感じにこちらへ向けた二つの顔のその口からカレーまみれのうどんがビロンととび出ている。

口のまわりたるやすざまじいなんてもンじゃないです。

「くわんくわんよ」
と、オカーサン(ワタシです)は、ティッシュの箱を差し出しました。

で、ふと思ったんですが・・

「くわんくわん」って、どうして「くわんくわん」って言うんだろ・・

・・と思って検索して知ったんですが、「くわんくわん」はおもに関東圏で言われ、
「なにそれ聞いたこともない」
という人のほうが多いみたいです。

みなさん、「くわんくわん」って、言います?

子どもの口のまわりが食べ物で汚れたなりになっているさまのことで、
「ooちゃん、お口がくわんくわんよ」
「くわんくわんになってるよ」
と、いうふうに使います。

ワタシら世代は、卵かけご飯というときまって食べ終わったところで言われたものでした。

今の子どもは、卵かけご飯ではくわんくわんにならない気がします。なぜというに、うちの二匹がそうですが、卵がけご飯はスプーンで食べる。

それに、卵がけご飯だけ、ってことは金輪際あり得ず、他のおかずもあるところから、一気呵成と「ばっかり食べ」することもない。

ワタシらのころは栄養バランスの考え方が今とやや異なり、卵がけご飯といったらそれだけを、しかもお茶碗に口つけてお箸でズルズルっといきました。

食べ終わると、オカーサンや同居の老人にさっさと背を向け空き地に遊びに出て、その足でまた
「♪ミーチーコちゃん、あーそーびーまーしょ」
と、ミチコちゃんチへ誘いに行く。

「ユキちゃん(ワタシです)、今日のお昼、卵がけご飯だったでしょ」
と、縁側に顔を出したミチコちゃんのオカーサンによくあたる占い師のごとく的中される。

「だって、お口のまわりくわんくわんだもの」

大急ぎで手の甲でゴシゴシやったもンでした。このときの恥かしさといったらなかったです。

「くわんくわん」の語源は、民話の小坊主さんなどがこっそり盗み食いしたのが口のまわりについている食べかすでバレバレなのに、
「食わん食わん」
と、しらばっくれたところから、だそうです。

さて、オカーサン(ワタシです)が差し出したティッシュの箱を、
(まだいい)
と、二匹は目で告げるばかりでお箸をいったん置くこともなく、どんぶりの底が見えるまでひたすら、ひたッすらずりずりやり、
「フゥー」
と、くわんくわんの口でひと息つきました。


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マルシェの日の水道栓です。当日はちゃあんと蛇口があるのに(誰でもひねっていいわけでもなさそうです)、マルシェ以外の日はこんな感じ。

前菜は、メロン
主菜は、鶏肉の串焼き(レモン&マスタード風味)、じゃがいもとカリフラワーのクリーム和え、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・煉瓦 [追究]

煉瓦はフランスとイギリスとでは積み方が違う、
ということを、週遅れでもらった『週刊新潮』の、建築家藤森照信のエッセイで知りました。

煉瓦といったら長四角、とこう漠然と思い込んで来ましたが、長方形にも長いのと短いのがあり、この二種類を組み合わせて積み上げるものだそうです。

その組み方は、長いのと短いのを交互に並べていくのがフランス式、長いのだけ一段、次いで短いのだけ一段というふうに並べていくのがイギリス式、だそう。

「かりに長いほうを『ツー』、短いほうを『トン』であらわしてみる」
と、藤森建築家は実にイメージしやすい表現をなさいす。

フランス式は、ツートンツートンツートン、次の段もまたツートンツートンツートン・・

イギリス式はツーツーツーツーツー、で、次の列がトントントントン、その次がまたツーツーツー・・

どうです、明快に見えるようではないですか。

日本では19世紀末に西洋建築が入って来た当初はフランス式を採用し、明治20年にイギリス式にとってかわられたそうで、積み方で当時の煉瓦建築の年代が見分けられるそうです。

ヘーエと思い、買い物に出たついでに近所の煉瓦の建物をしげしげ見上げてみました。すると、あらホントだ、全篇にわたりツートンツートン。

そういえば去年までワルガキが通っていた小学校も煉瓦づくりだったワとまわり道してみると、やはりこちらもツートンツートンツートン・・。

なるほどなあと思いましたね。

たまさかにイギリスへ鉄道旅行すると、見慣れたフランスの田園を行くユーロスターがふっとトンネルに吸い込まれて英仏海峡を越え、またふっと外が明るくなった途端、さっきと同じような煉瓦の建物が見えてくるのに、どこか違う。何がどう違うのかうまく言えないけど明らかに違う、違うったら、違うッ。

これ、煉瓦の積み方のせいだったんですね。

日本では明治時代にこそ煉瓦建築は華やいだものの、関東大震災で大打撃を受け、コンクリート建築へと変わって行きました。

それにしても、「コンクリート」と言われても別にどうとも思わないのに、「煉瓦・・」とこう言われると床しく素敵な印象が強く残るのは、どうしてなんだか。

おいしそうな印象さえ、残ります。揚げたラードのニオイがしてくるような気がして、カツレツやオムライスがむしょうに食べたくなってくる。

ワタシが子どもの頃は近所のそこかしこの空き地を遊び場にしたものですが、こういう空き地には瀬戸物などのかけらがたくさん落ちて(捨てられて)いたものでした。

その中に煉瓦のかけらを見つけると、瀬戸物の破片でゴシゴシやって赤い粉を作り出しては悦に入ったもンです。

その何が面白いの?
と、今となっては思いますが、赤い粉が少しずつたまっていくのに充実感が、あった。

同じような破片でも植木鉢や瓦の一片は固くて粉はほとんど出ず、うんと格下でした。

その赤い粉をどうするかというとどうもせず、空き地といえば転がっている土管あたりに指でなすりつけて、おしまい。

近年のフランスでは、煉瓦は扱いやすいので建売住宅の3軒に1軒は煉瓦造りだそうです。


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この週末はフランス全土で雨でした。パリでは日本大使館の近くにあるモンソー公園というところで子どもたちが雨宿りに大木の下に逃げ込んだところでなんと落雷があり、子どもが何人か怪我をするという事故も起こりました。怪我ですんでよかったです。

前菜は、トマトとオイルサーディンのサラダ
主菜は、七面鳥ささ身のカツ、薄切りじゃがいものクリームグラタン、いんげん塩茹で、グリーンサラダ

立ち呑み日記・卵焼き [追究]

卵焼きは甘い派? しょっぱい派? という記事を見つけ、「エ?」」となりました。卵焼きは甘いに決まってるでしょうが。

しかしそう思いこんでいるのは関東人だけで、地域によって、卵焼きはしょっぱい、ないしは味をとりたててつけないというところもあるというんです。

「巨人・大鵬・卵焼き」の卵焼きは甘いあの味と信じ込んできましたが、別の味を思い描いている人が、それも数多くいたなんて。

味をつけない派は、食べる段に各自が、おろし大根としょうゆなり、ウスターソースなりをかけて食べます。

まさかここで粉砂糖をふりかけることはありますまい(あったりして)。

みなさんのところではどうですか。

ワタシなど、卵焼きといったら砂糖たっぷりにおしょうゆ少々で、甘みのかったあまから以外、考えたことさえありませんでした。

卵焼きは冷めたところを食べるもので、あまからに濃くしとかないと寝ぼけた味になっちゃう(としか考えられない)。

「そらちゃうで」
と、反論なさるのが、関西の方々です。

だしまき卵が主流の関西では、卵焼きといったら塩味なんだそうです。

アッツアツのスクランブルエッグやオムレツならともかく、ヒッエヒエのしょっぱい卵焼きがおいしいとでもいうの・・・

・・・と、糾弾してやろうと意気込みましたが、オムレツサンドを思い浮かべれば一目瞭然、おいしいに決まってます。

むしろしょっぱいからこそお弁当のおかずに最適、パンやご飯がすすんじゃいます。

言われてみれば、ワタシがいつも作っている甘い卵焼きは、おにぎりのおかず、ではないんですね。箸休めといいますか、むしろそれ単体で存在している。

そうやって考えると、甘い卵焼きとしょっぱい卵焼きではお弁当のおかずの品数としても違いが出て来ます。

すなわち、しょっぱいほうはおかず、甘い方は箸休めないしはデザートの部類なので、おかずが一品少なくなっている勘定になる。

ただ今お花見シーズンで、お弁当のおかずをサカナに缶ビールをのむとすると、甘いものはサカナになりづらいキライがありますから、おかず一品多くなるしょっぱい卵焼き入りお弁当を選んだほうがトクです。

でもシメに甘いものを、というムキは、夜桜見物で冷えたところでスタバにでも寄って甘いものたのんで暖まればよろしい。

クックパッドで見ると、甘いほうのレシピ807、しょっぱいほう67、圧倒的に甘いほう優性です。

が、その甘い味つけは、ナントカのひとつおぼえのごとく、いずれも砂糖(そりゃマそうだ)。そのなかで、いちごジャムと塩で味つけるレシピがあり、「ヘーエ」となりました。

どうです、なかなか目新しい箸休めではないですか。

片やしょっぱいほうは、レシピの数では劣るにしても味の種類が豊富。白みそを溶いたり、梅肉をおりこんだり、塩麹とマヨネーズだったり。

どれもおいしそう、味が何通りにも変化してマンネリ知らずです。

心の目をこらして遠―い日を思い出すと、ワタシが中学高校の頃お弁当に入っていたしょっぱい卵は、卵焼きでなくオムレツないしは炒り卵だったように思います。

これらと卵焼きは、やはりまるっきり別物でした。


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パリの植物園の裏口から出ようとしたら、あらまあ一本の桜がひっそりと満開。「日本の」桜というんですが、ソメイヨシノかしら。ノートルダム寺院など八重桜はあともうひと息もふた息もあります。

前菜は、アボカド、レモンで
主菜は、鶏肉ローストの残り、残り物のカレーライス、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・さらば三角屋根 [追究]

ただ今フランスでは、公的なお達しによりフランス語の綴りが簡略化されることになり、寄ると触るとこの話題です。

日本で言うなら、当用漢字にしかじかが加わった、あるいは書き順が変わった、テナ感じでしょうか。

今回の改変はなかなか大胆で、フランス語につきものと思われていた母音の上につく「^」アクサンシルコンフレックスという三角屋根が完全撤廃されることとなりました。

たとえば、英語のディナーdinnerにあたる晩ごはんを食べる意の動詞dînerが、dinerになる(小さいけど違いわかるかナ)。

新聞開けば目にしない日はない失業chômageが、chomageになる。

「カンタンになっていいじゃないの」
と、外国人(ワタシなどです)は思いますけど、当該フランス人には人生を覆されるまでの青天の霹靂みたいです。

「フランス語らしくなくなる」
と、喧々囂々(けんけんごうごう)。

「今までせっかくそう憶えて来たのに困る」
と、うちの13歳のムスメまで口をとがらす始末です。

ムスメなどこれまでテストや提出する宿題で、母音の上につけるべき記号を忘れたせいで何度となく点をひかれ悔しい思いをして来たっていうのに。

ワタシがパリの語学学校に通っていたころ、やはり同じように作文や書き取りテストがありましたが、「é」や「è」や「î」など母音の上につけ忘れたとて減点の対象にはなりませんでした(例外もあります)。

しかしそれは外国人には寛容、ということでした、フランス人社会では小学校から容赦なく減点です。

「でもそうやってせっかく憶えたのをまた一から憶え直すのはイヤ」
と、ムスメ。「フランス語書くのがトラウマになりそう」

「トラウマ」だなんて、13歳にもなるとなかなかいっぱしなことを言い出すもンですナ。

今回の改変では、二語、綴りが(外国人からすれば)うんとわかりやすくなりました。玉ネギ(オニオン)「oignon」が、発音通り「ognon」に(「gn」に母音が続いてでニャ、ニュ、ニョになるんです)、水連(ネニュファー)「nénuphar」のphがシンプルにfで「nénufar」に、なる。

「oignon」は、フランス語の発音規則からすれば「オワニヨン」なのに「オニオン」とはこれいかに、と、外国人はその不規則性に悩まされてますから、ワタシなどもろ手を挙げて賛成したいところです。

「たったこれだけ代えてどうなるっていうのよ」
と、しかしムスメはあくまで保守を貫きます。

確かにまあ、他にも綴りに対して読み方が例外的な言葉はほかにもいろいろあるんですヨ。トラバーユtravail、ソレイユsoleilなど、Lがお尻に着くと「ユ」となるのに、街villeは、ヴィル。

フランスが誇るノーベル物理賞のDe Broglie博士は普通に読めば「ド・ブログリー」なのにさにあらず、この方は貴族のたいへんなお家柄で、どうやったらこう読むのか、「ド・ブロイ」博士。

こういうのを変えないで、なぜオニオンにばかりつらくあたる、と、ムスメほか多くのフランス人は言いつのるわけです。

Je suis oignon
という戯れフレーズが、
Je suis Charlie(私がシャルリ)
と同じ体裁でフェイスブックをにぎわせているほど。

玉ネギだけに泣けるなァ、
と、いうわけです。


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昨日から何がいけないのか写真が入らず。どうにかがんばって台所でハーブティーの箱をパチリ。でもこんなの見せられたっておもしろくもなんともないですよネ、ごめんなさい。はからずもカモミー「ユ」、です。

前菜は、トマトとさいの目チーズのサラダ
主菜は、プロポ(雌鶏のポトフ風水炊き)、クスクス

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