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立ち呑み日記・ジム通い [女子]

スポーツジムに登録してマシンを使ったフィットネスを
「やってみたい、やってみたい、やってみたい」
と、14歳のムスメ。

なかよし女子三人組でジム通いするつもりだから、ついては健康診断書が必要だからかりつけのお医者さんを
「一刻も早く予約して」
と、やたらエバって命令してきます。

ちょっと待ったーッ、
と、はやるムスメを戒(いまし)めましたね。

「スポーツジムはタダではありませんよ」

第一どこにあるのか、こういうことに疎いオカーサン(ワタシです)には見当もつきません。パリの高級住宅地16区には「KEN CLUB」という有名な高級スポーツクラブがありますが。

「KEN CLUB」では各界の有名人が社交に華を咲かせつつ体力増進に励んでいるそうです。

「としよりの有名人なんか興味なし」
と、にべもないムスメ。「ユーチューバーなら会ってもいいけど」

ムスメがインターネットで見つけたという全国展開のジムはうちから地下鉄でふた駅なので、
「地下鉄の定期券も買って」

ならその玄関先まで走って行って即座に往復したらジム代わり、地下鉄定期券だって必要無いじゃないの。

「マシンでの筋肉づくりがカッコいいのッ」
と、ムスメは食い下がります。

気持ちはまあ、わからないでもないです。

アメリカ製テレビドラマなどではよくスポーツクラブが舞台になり、スレンダー美女がマシンでそれはもうカッコよくやってますからね。

だからといって14歳の子どもにジム通いなど必要でしょうか。

名案が浮かびました。大きな公園には、フィットネスの機械と同じような遊具があるんです。そこまで走って行って遊具で十二分に身体を動かし、再びジョギングで帰って来る。

どうです、週3回もやったら相当な筋力増進、しかも無料です。

「そんなのモチベーションが上がりやしない」
と、反抗期のトゲトゲした声をあげるムスメ。
「月たった15ユーロ(約1800円)なんだしいいじゃないよ」

たった15ユーロ(約1800円)、ですとッ。年間にすればふくれあがり、なにより物価高の折、15ユーロぽっきりで済むはずなどないです。

ホラ、携帯電話だって、スマホ1台なんとたったの何百円円! なんて謳(うた)っている契約にはたいてい何年にもわたるシバリがあるものです。

ムスメが示したホームページをよく読んでみると案の定、まず当然ながら入会費が要る。その上で、12か月分一括払いかつ平日午前中および午後14時から17時までの時間帯のみ使用というなら、確かに15ユーロです。

ただし
と、ここに小さい字で注。

不動産賃料高騰により、パリ市内の支店の場合5ユーロ(約800円)増しになります。

学校が退けてから行ける時間帯だと、12か月一括払いで月額25ユーロの300ユーロ(約5万円)、月々支払いでは27ユーロかける12か月で計324ユーロ。

他社と比較してみたらでもここが一番安いようでした。

とはいえ、わがムスメのこと、当初はめずらしがっても飽きて早々に足が遠のくのは自明の理、2か月もつかもあやしい。

三人組のオカーサンがたも我が子をそうふんだようでお財布が開かれる気配はなく、このハナシは沙汰やみとなりました。


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19時、晩ごはん用のパンを買いに出てパチリ。すっかり冬の空気のニオイになりました。

前菜は、鶏出汁野菜ポタージュ
主菜は、骨をはずした鶏ローストとじゃがいもロースト(以上前夜の残り)に刻み玉ねぎをたっぷり入れた赤ワイン煮、いんげん塩茹で



立ち呑み日記・30年 [女子]

「30年ダイジョブです」
と、水漏れのあった床下の水道管の溶接をすませ、補強用プラスチックホースもかぶせたところで若い職人さんが胸を張りました。(昨日の立ち呑み日記をご高覧ください)

不具合のあった水道管は50年前のやっつけ仕事、それだって半世紀ちゃんともったというのに20年もちぢまっちゃった気が、しないでもないんですが。

「でも30年といったら永遠と言っていいほど長い年月じゃないですか」
と、きょとんとなさる若い職人さん。

そうだったなあ・・と、遠い日の記憶がよみがえりましたね。

ワタシが小学校6年の夏、
「戦後30年」
と、新聞に感慨深く特集記事が連日掲載されていたものでした・・

・・と、いいますか、正確には級友が夏休みの自由研究に戦後30年に関する新聞記事のスクラップを集めて模造紙に貼ったものを読んだんですが、
30年とは遠―い昔だなあ、
と、12歳のアタマで思ったものでした。

それが今では30年といったら
わりとすぐたっちゃう時間
テナ感覚にまでなっている。

「30年先なんてすごい未来!」
と、さっき学校から帰ってきた13歳のムスメもまた、床に細長く掘られた穴をうっとり眺めながら言い出しました。

30年たったところでもう一度掘り起こす、と、ムスメはかように解釈したらしいんですヨ。

「だからタイムカプセルいっしょに埋める」

レポート用紙をとり出して、おやつそっちのけで何やら書き始めます。

30年後といったらムスメは43歳の働き盛りにして女盛り、と、13歳のアタマで思ったかどうか。

「オカーサンにも読ませてよ」
と、のぞきこむと腕で隠して、
「ひみつッ」

タイムカプセルって、どうあっても胸がワクワクしますネ。

ワタシの同世代の友人などは、小学校の卒業記念に校庭の一角にみんなで持ち寄った記念品をポリバケツに入れて埋めたそうです。

開封は、遠―い未来(と思った)30年後。

そして先年その30年後がついに到来し、頭のはげあがった級友もいる一同と当時の担任の先生が母校に集まってスコップをふるった。

で、どうだったの?
と、興味津々身を乗り出したら、
「それがね、本ッ当に残念だったんだよ」

ポリバケツを完全密封したから万全と思っていたのにどこからか雨水が入って手紙類はくっついて全滅、みんなの声や合唱を録音したカセットテープもまたダメになっていたそうです。

30年といったら、実家の押入れなどからかつて遊んだ玩具や昔の手紙などが当時そのままに「発掘」されたりもするし、中古品屋さんにも多少のキズありぐらいで並んでいたりするくらいの時間ではと思うんですが、土中に埋めるのがやはりいけないんでしょうか。

ウィキペディアで知ったんですが、1970年の大阪万博のときにタイムカプセルが埋められ、開封はなんと! 5000年後の6970年なんだそうです。

壮大な計画ではありますが、埋めた人が中身を見られないんじゃねえ・・と、思わないこともないです。

やはり30年が一番夢と希望のある年月でしょうか。

ムスメのタイムカプセルは、小さなビニール袋に密閉されて水道管の下でモルタルの中に埋まりました。


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歩きながらパチリ。夕方6時過ぎ、パリ市庁舎の反対側です。

前菜は、トマトとゆで卵のサラダ
主菜は、七面鳥ささ身のムニエル、レンズ豆のトマト煮込み、モロッコいんげん塩茹で

立ち呑み日記・カーンチ! [女子]

カーンチ! という声が、なぜか脳内で聞こえてきたのでyutubeで検索し、ここのところ「東京ラブストーリー」にハマっております。

このドラマ、懐かしいなんてもンじゃないですよネ。

1991年1月から3月までの月9で、平均視聴率22.9パーセント、最終回は32.3パーセント、だそうです。

実をいいますと今回初めて観ました。

なぜというに、当時一人暮らししていたワンルームにはテレビがなく、また、あったとしても深夜過ぎまで残業が当たり前の生活では観る時間などこれっぽっちもなかった。当時はほれバブル景気の絶頂ですから、終電後のタクシーも食事も領収書切り放題。

ドラマの東京の風景のそこかしこから、あのころの活気が伝わって来ます。

鈴木保奈美演ずる赤名リカは恋にまっしぐらの奔放さで、男女雇用機会均等法世代の若い女性たちから絶大な支持を得ました。

片や有森也実演じる、エプロンがよく似合い内向的で家庭的な関口さとみは徹底的に嫌われたようです。

ドラマの結末を先に記しますと、リカは身を引くかたちで単身ロサンゼルス支社へ、カンチは昔から好きだったさとみと結婚、彼らの高校同級生でプレイボーイの医大生三上(江口洋介)は、親の言いなりで御曹司との結婚がととのっていた医大クラスメートの元カノ(千堂あきほ)が挙式の直後に翻(ひるがえ)って復縁。

(若かったわねえみんな・・)
と、画面のこちら側で、どうあってもしみじみした気持ちにならずにいられません。

ただ、赤名リカは、初対面の男性新入社員を「カンチ!」といきなりファーストネーム由来のあだ名をつけて呼びかけたり、カンチの部屋へ夜、連絡もなしに同僚二人を連れて来たり、今の視点からすると素っ頓狂きわまりないふるまいばかりするんですね。

当時はでもリカのことを「ステキ」とアコガレても、「勘違いオンナ」とは間違っても思わなかったです。

「さとみみたいな女の子たちが普通だったから、真逆のリカが女の子たちの言いたいことをすぱっと言ってくれて支持を得た」
と、検索していたら出合った
「『東京ラブストーリー』から『失恋ショコラティエ』まで女はどうかわった?」
という興味深いレポートにありましたが。

『失恋ショコラティエ』(2014年)の主役紗絵子はさとみとかぶり、『東京ラブストーリー』の脇役でしかなかった家庭に入る女こそが、今日では女性視聴者の憧れとなっている、とのこと。

『東京ラブストーリー2015、~24年後のクリスマス~』
テのが作られたら、どういうふうになってるでしょうネ。

あるカップルは離婚し、またあるカップルは夫婦別寝室を酒席で自嘲しながらもドンと安定し、住宅ローンを払い、リストラあり転職あり、子どもは先ごろ独立し、仲間うちでたまに飲み会なんかも、ある・・

・・とこう考えれば、これはワタシらの姿。

「カーンチ!」
と、バブルから四半世紀の間にいろいろあった人生が凝縮し、今は他人のオットにして加齢臭だってまぬがれないオジサンへの呼びかけを、ぜひとも聞いてみたいです。


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ユダヤのクリスマスの起源となる行事の、この日曜夜は最終日でした。燭台にロウソクをともし、どれが最後まで残るか賭けをするのがユダヤ五千年のならわし。最初に一番長かったからといって最後まで残らなかったり、なかなか深淵です。

前菜は、雌鶏出汁の野菜ポタージュ
主菜は、プロポ(雌鶏丸ごとの水炊き)の残り肉およびニンジン・くたくた長ネギのグラタン、グリーンサラダ

立ち呑み日記・お化粧 [女子]

朝、学校へ行く前に、13歳になりたてのムスメが洗面所を占拠して、入念なお化粧にはげんでいる。

「13歳でお化粧?!」
と、思われるでしょうが(ワタシとて当初は思いました)、パリの中学生にとっては別に特別なことでもないみたいです。

11歳を迎えたころから、ムスメのなかよしたちがこぞってお化粧ポーチを持ち始めた。

このお化粧ポーチには、おのおのオカーサンのおさがりの口紅だの試供品の乳液だの、スーパーの買い物に行くオカーサンにくっついていきねだりにねだって買ってもらったペンシルなどが入っています。

当初は持つだけで晴れがましかったこのポーチを開けては、顔に塗ったり落としたりを繰り返して、遊ぶ。

「今日もスーパーについていく」
と、ムスメもまたお化粧ポーチの中身の貧弱さをいくたびも憂いましたが、日本人のオカーサン(ワタシです)は首を縦にふりませんでした。「日本に行くまで待ちなさい」

日本には100円ショップがありますからね。

そういうわけで、今やムスメのお化粧ポーチはなかなかの充実をみせています。

「でもやっぱりその年齢でお化粧とはねえ」
と、でもやっぱり日本の方々からなじられそうです。

中学生がお化粧するのってどう思いますか?
という質問を、yahooの質問箱で見かけましたが、
「どんどんおやりなさい」
という声はひとッつもありませんでした。

「お化粧している中学生を見かけるとバカみたいって思います」
と、手厳しい意見さえ、あった。

ムスメはというと、去年あたりまでipadの無料アプリでヴァーチャルメイクに凝ってました。口紅やらアイラインやらから選択して画面に顔を写すと、本当にメイクしたみたいに色がつく。

オカーサンもやってみて、というので、たまたまお風呂上りだったんですがどれどれと試したところ、われながらバケモノかとたまげましたね。

つくづく思い知らされましたが、われわれ世代はもはやファンデーションによる土台の均一化なしではすっぴんに色をのせたところでオハナシにならない。かの美魔女とてファンデーション抜きとはいきますまい。

そこいくと十代の肌のつやといったら、それこそメイクなど要らないほどです。

現にムスメのお化粧ポーチにファンデーションは、ありません。

ムスメがどんなお化粧をしているかといいますと、マ、重点的に目の周りですね、マスカラでパンダっぽくなる。

パンダっぽくなるから、化粧落としで落としてやり直す。

アイシャドウをグイグイ塗る。すると
「濃すぎ、キモ!」
ということになり、化粧落としで落としてやり直す。

「化粧品がもったいないでしょうが」
と、こぼせば、
「ちゃんと練習しとかないと顔と首の色が違うオカーサンみたいになっちゃう」
(ワタシもかつて同様のセリフを母親に投げつけたナァ)

ムスメのメイクへの情熱は、ムスメの人生において中学生の今が最高潮でありましょう。

意外に思われるでしょうが、メイクなしで外出など考えられない日本女性と反対に、フランス女性は日ごろすっぴんが多いんです。

「十代のころはお化粧に凝ったワァ」
と、すっぴんフランス女性の友人たちは、こぞって遠い目をします。


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ティユリー公園の入口で、なんとなくパチリ。映画「のだめ」などにも登場した公園です。

前菜は、ニンジン千切りサラダ、カブの千枚切りサラダ
主菜は、鶉(うずら)のマスカットとコニャックの蒸し煮、茹でたじゃがいも、モロッコいんげん塩茹で


立ち呑み日記・針の穴 [女子]

ウーム・・と、さっきから12歳のムスメの口の中をのぞきこんで七転八倒するまいことか。

「オカーサンあきらめないでよッ」
と、金切り声をあげられ、さらにつのる焦燥感。

ムスメは先ごろ歯の矯正を始めたんですが、その第一段階が上あごを内側から広げることで、一日一回器具のネジを締め上げないとならないんです。

「そ、それドシロートにやれっていうんですか?」
と、診療室の椅子から転げ落ちそうになると、
「エエ」
と、涼しげな顔の歯列矯正の先生。

昔よく見かけたビン牛乳のフタ抜きみたいな針金のついた器具を「ハイ」と手渡され、やり方をおしえてもらいました。

止まっている水車に棒を差してグッと動かす要領で口蓋中央の器具の穴に針を差し込み、グッと押し回すように締める。

「このときちゃんとグッとやらないと次の穴が出て来ずメンドウなことになります」

ほら穴が見えるでしょ、と、先生はおっしゃるんですが、老眼がすすんだ目にはハッキリしません。あてずっぽうにグッとやってみました。が、グッの「感じ」がよくのみこめなかった。

一週間ほどあてずっぽうを続けましたが、不安つのって再び先生を訪ねると、
「全然締まってませんよ、初日のままです」

穴にしッッッかり針を差し込み、しかるのちにグッ。これを体得するのに、診療室でどれだけあぶら汗流したことか。

オトーサン(ワタシのオットです)にも手伝ってもらいたいんですが、これがもう、オハナシにならないなんてもンじゃなかったです。

得々と口を開いて見せつけられた器具をのぞき見たとたん、あまりのショックにソファへ倒れ込み、誇張でなく肩をふるわせ涙にむせびました。

「こ、これは拷問と同じではないか。愛する我が子がこんな痛い思いしてまで歯列矯正しなければならない理由など、ない・・」

「ある」
と、頬をふくらませるムスメ。「歯並びガチガチでいいとでも言うのッ?」

ムスメは、ひと足早く歯列矯正を始めたクラスメートの何人からも体験談を聞き出し、最低一週間は痛くてヨーグルトやスープしか食べられないこと、そのスープは「リービック」というメーカーのが一番おいしいこと等知識を仕入れていました。

ワタシも初めて知ったんですけど、フランスで出来合いスープの購買層といったらシニア世代と思い込んでいたら、売り場でよく見ると子どもが好きな「笑う牛」チーズがおりこんであったり、明らかに子どもをターゲットにしたスープがあるんです。

メーカーも、歯列矯正世代をしっかり視野に入れていた。

「痛いー」
と、顔をゆがめながらもなんだかうれしげに、晩ごはんに自分だけ特別献立のスープへスプーンをいれてご満悦のムスメ。

オカーサン(ワタシです)もがんばり、1日にグッ、グッ、と2回、ムスメの口に顔つっこんで締め上げているんですが、今日はどうしたわけか手がすべり、半グッで針がはずれて穴と穴の間の箇所になってしまった。

ど・う・し・た・ら・い・い・の~、
と、息をつめ、額の汗をぬぐい、半泣き(心の中で)で懐中電灯を照らして針先をあれこれするうちに、やれうれしや、何の拍子か針先が穴を探り当てました。


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歩いていてパチリ。近くのレストランの宣伝用トラックのようです。

前菜は、トマトとクスクスのサラダ
主菜は、牛ステーキ(バヴェットという箇所)、じゃがいものニンニク風味ソテー、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・ダイエット [女子]

「ダイエットする」
と、12歳のムスメが言い出しました。

ムスメがよく見ているyoutubeのおしゃれ講座みたいなのでやり方を紹介していたんだそうです。

ユーチューバーって言うんですってネ、youtubeに自主制作したものを定期的に掲載し、その広告掲載料で生計を立てているセミプロ。

「オカーサンも見て」
と、いうので画面に目をやると、ちょっとォなにこれ・・と、考えこんじゃうような方法を奨励してました。

シナモン、ウコン、カイエンヌペッパーを摂取すると脂肪を燃焼する、という情報は大いによろしい。

が、これらを、インターネットで薬のカプセルを購入して中に詰め毎日服用、ないしはカプセルが購入叶わなければ手元にあるカプセル薬の中身をあけて詰めよなどと危険極まりないことを奨励しているのは、どうでしょうか。

ホントにそれ自分でやってみたの? そんで効果あったの?
と、画面の美人オネーサンに詰め寄りたくなりましたぞ。

しかしまあこういう情報は友だちに受け売りして盛り上がり、一回ぐらい試したとて続かず、そのうちもきれいさっぱり忘れてまた次なるダイエット法にとびつくものでありましょう。

われわれもいろいろやりましたよネ。

パイナップルだけ食べるビバリーヒルズダイエットとか、粉ミルクを大量に飲むやつとか、ゆで卵ばっかり食べるのとか。

ゆで卵ばっかり食べるのはしかし、旧友が目をサンカクにして取り組んでホントにすっきり痩せました(その後すぐさまリバウンド)。

薬のカプセルは感心しませんが、スパイスを毎食食べるというなら
「どうぞおやりなさいナ」

シナモン・ウコン・カイエンヌペッパーの三種混合をふりかけるとなると、どの料理もカレーっぽくなります。

「カレーばっかりはヤだなあ・・」
と、ムスメは難色を示し、却下となりました。

「もっと努力してみる」

お菓子は絶ち、それにパンとパスタこそ肥満の原因と先のおしゃれ講座で言っていたとのことで、
「二度と食べないことにする」

だから晩ごはんのつけ合わせにもパスタだけは出さないでくれとまで言い出す始末です。

(こういう決心っていろいろしたなあ・・)
と、わが身をしみじみ振り返りましたね。「した」と過去形どころか、今も三日おきぐらいにしてます。

その日は、朝からパンは口にしないとがんばるので、バナナ一本よけいに食べさせておきました。そして学校が退けておやつの時間ですが、戸棚を開け、もンのすごうらめしい顔でじーと見つめるのみ。

そこへ買い物に出たオトーサン(ワタシのオットです)が、いつものようにバゲット三本提げて急ぎ帰って来ました。

ちょうど焼き上がりにあたり、バゲットはこうばしくチリチリ音がして握ると熱いほど。せっかくの焼きたて、こういう時は晩ごはんまで待たず味見しないと損です。

オトーサンに続き、10歳のオトウトも遠慮仮借なく千切っておやつ代わりに・・

・・指くわえてみていたムスメ、
「ええいもういいヤ、やっぱり食べる」

かくしてムスメのダイエットは幕を閉じました。(と、いいますか幕を開けたわけですネ)


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横断歩道の信号を待ちながらパチリ。

前菜は、バジリコをふったトマトサラダ
主菜は、白身魚ムニエル、ベシャメルソース、カリフラワー塩茹で、ミニマカロニ




立ち呑み日記・フランスびな [女子]

お雛様をそろそろしまわないと、と、今年の見納めに、とくと眺めます。

やっぱり何度見てもそうだなあ・・・

いえね、うちのお雛様は五人囃子も三人官女もない男雛と女雛のみなんですが、ムスメがちょこまか動く年齢に無暗に手を出した拍子にぼんぼりの一つが床に落下し、真っ二つに折れちゃったんですね。

そのときのオカーサン(ワタシです)の怒るまいことか。

「一生のたからものに何てことをッ」
と、三軒先まで響き渡る声でやりました。

ひところは瞬間接着剤で何とかもっていたもののやはり細い軸の折れたのはいかんともしがたく、また、ここ何年かは桃の節句が冬の学期休みの旅行と重なってお雛様を出さなかったこともあり、今年久々に箱から取り出して真っ二つのぼんぼりと再会しました。

仕方ない、真っ二つはしまっておき、無傷のほうを一つだけ飾ることにします。

するとお雛様の雰囲気が、オヤ? と、いうほど変わったんですヨ。

ぼんぼりが両脇に並ぶ、みなさんもよくご存知の設定は、男女雛の謁見の風情です。

「苦しゅうない、こうべをおあげ」
と、二人してこちらへ優しく語りかけてくれる感じ。だからこそお雛様を、ワタシも子どものころなどじーーっとそれはもう飽きずに見入ったもンでした。

ところがぼんぼりが一つのみとなると、男雛の脇でも女雛の脇でもおさまりが悪いんですね。そこでご両人の背後中央に据えました。

するとなんということ、謁見は終わり、閨房の雰囲気に、一気になった。背後の金屏風がよりいっそうの艶を添えます。

じーと見つめると睦言(むつごと)が聞えて来そうで、ややどきまぎする。ウムムム・・と、考えこんじゃいましたね。このままかざっていいんだろうか。

イヤ、いいもなにも、夫婦が私室で親密にしてどこが悪い。仲良きことは美しき哉(かな)、むしろ大いに奨励すべきではないですか。

公的な場ではお似合いのカップルを演じその実態は仮面夫婦、なんていうのと比べたら、閨房でよりいっそう仲睦まじいお雛様こそ、あるべき姿ではありませんか。

おりしもセックスレスが当然のごとくの昨今。統計によると、日本の夫婦の48パーセントが半年以上「そういうこと」がないそうです・・

・・今この数字を調べるのに、「夫婦、せ」と打ち込むや「夫婦 セックスレス」と、打てば響くように出てきたほどです。

コンドームの世界的メーカー、デュレックス社が26か国2万6000人にオンラインアンケートした結果、日本で週1回以上「ある」人が34パーセント、満足している人は15パーセントだそうで、もっとも低いです。

多いのはやはりギリシャ、週1回以上が87パーセント、満足は51パーセント。

恋愛大国を誇り、こういう統計で以前はゆるぎない1位を誇っていたフランスはといえば、週1回以上は70パーセントとまずまずながら、満足がたったの25パーセントと、あろうことかの権威失墜。

かつての栄光を懐かしんで我が家のぼんぼり一つかざりを
フランスびな
と、命名し、今後もこの形でかざって行く所存でございます。


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最近バス停が新しくなりつつあります。遠目からもあと何分で来るかわかるのでヨロシイです。

前菜は、タブレ(クスクスのサラダ)、トマトサラダ、フムス(ひよこ豆ペースト)とイスラエルのクラッカー
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、じゃがいもソテー、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・その町は消えた [女子]

熊谷俊哉、ってみなさん、憶えてます?

1970年代、NHK少年テレビドラマシリーズの立役者で、ちょっとはにかんだような風情がワタシら女子小中学生の心をグッとつかみました。

NHK少年ドラマシリーズ、大好きだったんですよねえ・・

古くは「タイムトラベラー」。このシリーズにはゴールデンタイムを賑わす当代人気スターは登場せず、子役の劇団に所属する未だ無名の同世代が演じます。名古屋局制作では「中学生日記」の出演者とかぶっていることもよくありました。

そのなかで、熊谷俊哉くんはイチ押しに魅力的だったんですヨ。

そう、気軽に「くん」付けしたくなるスター。

1974年「ユタと不思議な仲間たち」で、涼やかに登場します。彼は当時12歳。ひ弱な都会の少年が座敷わらしと交流しながら少しずつたくましくなっていく様子を好演。

熊谷俊哉くんの力量は、ここからです。

NHK少年ドラマシリーズでは、「なぞの転校生」「明日への追跡」「未来からの挑戦」「幕末未来人」「その町を消せ!」といったジュブナイルSFドラマを続々と放映してわれわれ小中学生の心を躍らせ、次元跳躍、パラレルワールド、なんて語彙をもたらしてくれました。

熊谷俊哉くんは、「未来からの挑戦」「その町を消せ!」に出演。

今思えばたったこの二作っきりですが、いずれも少し陰のある中学生の役で、ほんとうにかっこよかったです。

かっこいいいといっても、当時人気急上昇のたのきんトリオなどへきゃーきゃーする感じではなく、学校の先輩にでも憧れる感じ。

同世代の、身近な等身大スターといった感じでしょうか。

今日では個人情報保護上考えられませんが、当時は『明星』などのプロフィールに在籍中の高校名なんかも平気で載っていて、ワタシの通っていた東京都内の女子校と同じ区内にあることなどちゃんと知ってました。

それどころか文化祭でワタシが教室の展示の案内係をしていると、かの憧れの君が高校の仲間たちと連れ立って遊びに来たのに出くわしたことさえあります。

芸能活動をなさっているというのにごく平凡な黒い詰襟姿で、ワタシはといえば声もかけられず呆然と見送りました。

その後、いつしか少年ドラマシリーズどころでなく自分の青春に夢中になり、受験、学生生活、フランス行き、仕事、結婚・・とまあ人並みに日々の階段をかけのぼることになります。

熊谷俊哉くんも芸能界に道をみつけ、地道に活動をお続けだったようです。

インターネットが身近になって以来、かつて血道をあげた物事をふと思い出しては検索するたのしみを知り、NHK少年ドラマシリーズについてもDVDが出たり、当時の出演者たちによる集いが時折開かれていることなどうっすら知ってはいました。

そんななか、「未来からの挑戦」をNHKアーカイブで放映する記念イベントが先週開催された由、SNSでたまたま知りました。

この時公表されたそうですが、本来このイベントに参加するはずだった熊谷俊哉さまはかねてよりの病気療養の末、今年の年明けに肝臓がんでお亡くなりになったそうです。

53歳というお若さでした。


写真はしばしお待ちくだされ。

前菜は、トマトサラダ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト、赤パプリカのグリル

立ち呑み日記・再会 [女子]

待ち合わせのパン屋の前で心ソワソワ、寒いので時折足をフミフミしてました。

待ち合わせているのは、パリに旅行でやって来た、小学校の一学年先輩。先輩とはいえ実際の交流はほとんどありません。それが東京でならまだしもパリで再会しようというんですからね。SNSの威力たるやスゴいもんです。

ミクシィの「同窓会」という、母校に登録するのをやってみたんです。

すると、その先輩がたまたま声をかけてくださった。先方はワタシをつゆとも憶えていらっしゃいませんでした。

ワタシはといえば記憶がさーっとよみがえりましたね。

先輩とワタシは苗字が同じで、先輩は二年生の中で一番背が小さく、片やワタシは一年生のうどの大木。

ある日うどの大木が校庭のジャングルジムで二年生の集団が遊んでいるのをぬぼーと見上げていたら、
「一年生? いっしょにあそぼ」
と、女子数名が声をかけてくれ、その中にかの先輩もいらした。

二年生たちは「ウルトラマンごっこ」をしていたんですね。

世は「ウルトラマン」どころか「ウルトラセブン」だってとうに終了しているのに今まだ「ウルトラマンごっこ」とはさすが年上だなあ、ト、6歳のうどの大木は7歳の先輩らをそう思ったものです。

が、「ウルトラセブン」でも「キャプテンウルトラ」でもだめだったんですね。なぜというにこの遊びの中心にいるヤマネくんという少年ののっぺりした顔がウルトラマンそっくりだった。

「ウルトラマーン」「ウルトラマーン」
と、ジャングルジムのそこかしこから声がかかるころあいをはかってヤマネくんはM78星雲に帰るウルトラマンのごとく胸を反らす、トまあたったこれだけの遊びなんですけど、ぜひともわが呼びかけに反応してもらいたく、夢中で声を出しました。

「やい一年坊主」
と、そこへやって来た、すばしっこそうな2年生の男子。「ナマイキだぞ」

「一年生だからって差別しないでよね」
と、かの先輩はじめ2年女子軍団が泣きべそ寸前のワタシの前へ立ちはだかり、弁護してくれました。

「きみら同じ苗字?」
と、胸元の名札を見て、この二年男子はうどの大木と学年一小さい先輩とを交互に指さしました。

男子ってまったく困りものです。

「『大きい一年生と小さな二年生』!」
と、今度は図書室にある人気の本の題名を連呼し始めた。

すると二年生の同姓の先輩は自尊心をいたくくじかれ泣きだしちゃったんです。これ以降、彼女は廊下ですれ違っても目を合わせてもくれなくなりました。

マ、同姓の下級生などこれといって興味の対象になりませんしね。これがめずらしい苗字だったらまだ別でしょうが「ヤマグチ」ですからね。

それから半世紀近く。

パン屋の前で足踏みして今か今かと待っていると、どうにも緊張してきました。考えてみれば初対面も同然。大人になった顔もわからないのに、果たして会えるんでしょうか・・

・・と、そこへ信号の向こうから飛ぶようにやって来るすらりと上背のある同世代の美しい日本女性。

つい昨日ジャングルジムで別れたかのごとく気軽に声をかけ合い、ランチに入ったレストランではお皿のとりかえっこなんかもしちゃいました。


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ワルガキらの習い事の送迎の途中にパチリ。往年のパン屋の看板もそのままなのはレズビアンバーだそうです。

前菜は、カボチャのポタージュ
主菜は、牛(フォー・フィレ)ステーキ、にんにく風味じゃがいもソテー、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・パジャマで徹夜 [女子]

12歳のムスメがなかよしからパジャマパーティーにお呼ばれし、「いいほう」と自分で決めているパジャマをバッグにつっこんでイソイソと出かけて行きました。

お呼ばれは当然ながら女子のみ、総勢七名だそうです。

パジャマパーティーは欧米で人気の女子パーティーです、
と、インターネットで検索すると、カラフルなパジャマをまとった欧米人の女の子たちが枕投げしたり、メイク自主講座をやったりいかにもたのしそうなイメージ写真がいろいろ出て来ます。

欧・米というよりは、住まいの広い「米」の習慣ではないでしょうか。

ワタシがパリで語学学校に通っていた30年近く前も、アメリカ人のクラスメートが本国でいやというほど楽しんだというパジャマパーティーをよく語っていたものです。

パジャマ、大量のポップコーン、徹夜のおしゃべりがお約束。

「パリでもやろう」
と、声は上がっていたものの、はたして実現したかどうか。

無理だったんじゃないかナァ・・

なぜというに、パリの住宅事情ではなかなか厳しい。

先のアメリカ人のクラスメートは老マダム一人暮らしのお屋敷の一室を間借りしていましたが、そんなところでできっこありません。

広いお屋敷のこと、夜っぴてピーチクやろうが老マダムの寝室に騒音は届かないにしても、階下の住人に筒抜けとなる。

パリの建物は百年前や二百年前のものが平然とありますからね。床下への遮音がまるでできていないんです。

そしてパリ市は、夜10時以降は騒いではいけないと条例で決まっている。夜更けまで派手にピーチクやろうものなら警察沙汰になってしかるべきです。

にもかかわらずムスメのクラスメートのうちではパジャマパーティーが出来るわけで、
(なるほどなあ・・)
と、感心することしきりです。

このおともだち一家は、去年、パリ市のはずれにある近代建築物件に引っ越したんですね。

「買うならぜったい近代建築と思って探したの」
と、そのオカーサン。

パリの多くの建物は古く趣がありますが、フタを開ければ排水管やら音漏れやらスペースの狭さやら、何かしら問題をかなッらず抱えている。

たとえばうちは350年前の建物なんですが、会話の内容はわからないにしても隣人と音が筒抜け、排水管にしょっちゅう不具合が起こる、等々を相互に協力しつつだましだまし生活しています。

慣れちゃえばどうってことないんですけどネ。

が、我が家でパジャマパーティーなど部屋の狭さといい、なんといっても階下へ響きわたる音といい、どうあっても無理です。

我が家のみならず近隣の大方のアパートでは深夜にわたる姦(かしま)しい集いなど不可能だと思います。

そこいくとムスメのなかよしの新しいアパートはパリ中心部から離れていることもあり間取りも広く、壁も床も頑強なコンクリートで生活の音が漏れることなど金輪際ありません。

さて翌日。

「たのしかった」
と、しゃがれ声でモウロウと帰ってきたムスメ。

朝の6時まで、時に枕投げ、時にユーチューブでカラオケなんかもしながら絶え間なくしゃべり続けたそうです。


PIC_0043.JPG
ワルガキの日本語学校を待ちながら。エスプレッソをお湯で薄めた「アメリカン」デス。

前菜は、ニンジン千切りサラダ
主菜は、鶏ロースト(きのうの残り)、じゃがいもピューレのグラチネ(一昨日の残り)、モロッコいんげん塩茹で

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