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立ち呑み日記・クックドゥ [晩ごはん]

彼女が飯に「クックドゥ」とか使ってるとムカつく、
というツイッターへの投稿が、たいへんな反響を呼んでいるのだそうです。

「クックドゥ」は手抜き、という同意意見と
「お前が食いたいのは飯か? それとも彼女の苦労か?」
というような反論による応戦。

それにして冒頭のこれ、「彼女」を「オカーサン」にかえて、しかも本人を前に言ってごらんなさいナ。

「だったら食べなくてよろしいッ」
と、ぴしゃりとやられるのは火を見るより明らか。

「ならアナタが今日から家族みんなのご飯作ってごらんなさいッ、毎ッ日、三度三度よッ」
と、小さい「ッ」いっぱいで、EU離脱となってしまった英国よろしく後悔先に立たずの窮地に立たされる可能性さえあります。

「クックドゥ」にむかつき派の青年諸氏は彼女に作ってもらうことばっかり考えてないで、作ってあげようと、なぜ思わないのでしょうか。

「クックドゥ」でもちろんうれしいワ、
と、彼女は言ってくれると思いますぞ。

「ぼくは自分で料理する」
という青年もおられるようでした。この方の発言が火に油を注ぐこととなったもよう。

いわく、
自分は料理する時は豆板醤やかつお節からやっていて、もし彼女がいたら同じレベルでやって欲しいのでモテない。

だからネ、ご自分で二人前作ればモテないもモテるもないの。

それにしても、なぜ「クックドゥ」ばかりがやり玉にあげられるんだか。だってカレールーやスパゲッテイーのソースでそんなこと言いつのりませんよね。

♪クックドゥー、しましょ~・・
と、ワタシなど黒柳徹子の歯切れのいいCMが目に浮か上がります。

「山口智充や杉崎花でしょ?」
という声が聞こえてきたようなので弁明しますと、1978年、発売当初のCMは黒柳徹子だったんです。

チンジャオロースー、
という料理名もこのとき日本中に浸透したのではないでしょうか。

1980年代後半、ワタシが学生でパリに住み出したころ、早々と日仏家庭を築いていた年上の友人などは一時帰国するたびに「クックドゥー」を買いこんで来るといって戸棚を見せてくれたものでした。

お客様を招いての夕食を中華の献立にするとき手の込んだ炒めものをいっぺんに何品もは大変なので、一皿は手品のようにさっとできるのがとっても重宝、とのことでした。

コレワコレワいいこと聞いた、
と、ワタシも後にパリで所帯を持つと日本からゴッソリ持ち帰り、台所の棚に背表紙を並べました。

が、思わぬ難題に直面します。

フランスで肉は塊で買うもので、薄切りも、ましてやチンジャオロースーのような細切りなど、家庭用包丁とドシロートの技能ではどうにもならない。

それに、麻婆豆腐はワタシの大好物ながら、うちのフランス人のオトーサンはじめフランス人の友人連が「辛い」と敬遠。

1990年代中ごろから街中のそこかしこに安価なテイクアウト中華ができ、中華料理はなにもそこまでがんばって家で鍋ふるわなくても、うんと気軽に食べられるようになります。

台所の棚にずらっと並んだ背表紙は、その後補てんされることなく今日に至ります。

でもワタシ断然、クックドゥの味方デス。


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11歳のムスコの「欲しい欲しい」で買った、マンガ『デスノート』。日本語て読んだことはないんですが、外国語になるととたんに吹き出しの中のセリフの量が増える気がするんですけど、どんなもンなんでしょうか。

前菜は、トマトサラダ
主菜は、牛肉と輪切りニンジンの赤ワイン煮、蒸しじゃがいも、グリーンサラダ



立ち呑み日記・食パン美少女 [追究]

漫画ではあるけど現実には一度も会ったことないキャラベスト10、
という記事にあたりました。

その堂々1位は、
「食パンくわえて、遅刻―!と、走っている制服の美少女」

そのイラストには、蝶結びのタイの首もとを世慣れた風にゆるめて膝上スカートという今風制服の美少女が、食パンくわえてダッシュしている。

マ、確かにワタシも一時帰国する折、こういう少女をついぞ見かけたことはありません。でもホンットに「実在しない」、ないしは「実在したことがなかった」んでしょうか。

「アラフィーにもちゃんと取材した?」
と、この記事をお書きになった若手(に決まってる)ライターさんに畳みかけたいですね。

なぜというに、ワタシ(アラフィーです)が中学生の時分、同級生の美少女が毎朝食パンくわえて家を飛び出ていた事実があるから。

当時、本人からしかと聞き及びました。

セーラー服にえんじ色のタイ揺らし、片手には持ち重みする革の学生鞄。あの学生鞄も、気が付けば見かけなくなりました。

息せき切って家を飛び出す同級生のもう片手には、トーストがあります。

ただし、漫画に描かれるように一枚口にくわえるのではなく、バターをぬったほうを内側に二枚重ねにしてつかむ(そのほうが食べやすい)。

漫画では、食パン美少女は不意に少年とぶつかり恋が生まれますが、彼女によると、
「誰かにぶつかるような運動音痴には全力疾走しながら食べ切るのは無理(キッパリ)」

ワタシなど無類の運動音痴ですから、走りながらカミカミゴックンなどのみこんだものが背中のほうへ入りそうで、想像するだに息苦しくなったもンです。

われらが食パン美少女は別に誰かとぶつからずとも、名門男子校生のイケメンカレシがちゃーんといました(ABCガラミについても聞き及んでますがこれはまた別の機会)。

ABCって靴屋? というささやきがお若い方々から聞こえてきたようなので念のため記しますと、A(キス)から「最後までいっちゃう」(「C」)まで、符牒のように言ったものなんです。

漫画によく登場するという食パン美少女って、
「もともとの出典が未詳」
なんだそうです。

未詳のまま、バナナですってんころりんと
同じくパロディのほうが発展したのだそう。

1989年『サルでも描けるマンガ教室』
(相原コージ、竹熊健太郎共著)に、ありがちな
出会いの例として紹介されているのが最初とも言われています。

『エヴァンゲリオン』の綾羽レイが起源、
との説もあるそうですが、これらはいくらなんでも
若手の見解に偏りすぎではありますまいか。

少女マンガでは、1965年『リンゴの並木道』((西谷祥子)、
あるいは1968年『パティの初恋』(木村三四子)、
少女でなければ、1965年の回の『フジ三太郎』、
1962年の回の『サザエさん』までさかのぼれるそう。

つまりそれは、日本人の朝食がパン食に
移行した時期と合致する、ということでありましょう。

「モーレツ」時代、食パンかじりつつ家を出た
人って、あんがいいたのではないでしようか。

ではなぜ最近、食パン美少女を見かけないのか。

元食パン美少女のわが同級生がまさに
そうなんですが、自分が親になった
あかつきには平日の朝寝坊などあるまじき、
栄養バランスのいい朝ごはんを何が何でも
食べさせてからおくり出しているから・・

・・とまあ考えるんですけど、どんなもンでしょうかネ。


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信号を待ちながらパチリ。

前菜は、メロン
主菜は、舌平目グリル、じゃがいもロースト、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・夏休みの予定表 [ワルガキ]

13歳のムスメが、いつになく真剣に机にかじりついている。

成績審査会議もとっくのとうに終わっていて、焦って予習復習するべきものもこれといってないのにと背後からのぞいてみれば、「夏休み予定表」なるものを書いているんですね。

こちらは9月始まりの年度末ですから、まるまる二か月以上、宿題から完全に解放された夏休みです。

それなのになぜ予定表? と、さらに顔を近づけたらわかりました。

スレンダーボディー
という目標を掲げ、毎日運動するつもりだそうです。

その連日のメニューの綿密さといったらスゴいです。

〇月〇日、6時半起床 腹筋200回、スクワット300回、ジャンプしてしゃがんで床に両手ついて足伸ばしてまたジャンプする、というの400回・・

「ジャンプしてしゃがんで・・っていうのはうちの中ではやめてちょうだい」
と、慌てたオカーサン(ワタシです)。

うちの建物は築350年の古色蒼然、ただでさえ水漏れなど諸問題が起こりやすいところ、そんなに暴れられた日には床が抜けちゃいます。

以前、階下の隣人が大音量でハードロックをかけていたら、壁づたいに振動してうちの居間の壁づけ本棚を支えていた釘がゆるみ、ドタリバサバサパサーッと棚がくずれ落ちたことがあるほどなんです。

「じゃ、毎日公園まで走って行くことにする」

この夏運動するから買って買って買ってェ・・
と、さんッざんの示威運動の末、H&Mでビキニの上みたいなスポーツ用ミニTシャツとジョギングパンツを何足か、ムスメは手に入れています。ジョギパンにミニTシャツの艶姿で家の中にこもっていたって仕方ないですからね。

ムスメの夏休み予定表を見ていて、遠―い日の、わが夏休み予定表を思い出しちゃいました。

あのころはわら半紙に青インク(今わら半紙ってまだあるんでしょうかネ)。夏休みに入る二週間ほど前に配られ、宿題や部活や家族旅行などの予定を書きこんで、いったん先生に提出して評価を受けた記憶があります。

「〇〇さんの予定表が素晴らしい」
という先生お墨付き「A+」の成績で教室の掲示コーナーに貼られたのを、ザツでオオザッパ過ぎるわが予定表(「B-」)と見比べ、ため息ついて見とれたもンです。

〇〇さんの予定表は、
「8月1日 算数問題集p21、漢字書き取りp54からp56、日記」
のように、1日にやる分を明快に、隙間なくみっしり書きこんであります。

(でもこれホントのホンットに守れるのかなあ・・)
と、実のところ疑いました。

予定表って、予定立てただけで満足しちゃうテナ側面も、あると思いません?

さて、こちらの中学はいよいよ夏休みに突入です。

ムスメは、6時半起床なんてとォんでもない、お昼すぎまで惰眠むさぼり、目が覚めればすぐさまIPhoneにかぶりつく。

腹筋とスクワットは、気が向いたときにベッドの上で形だけちゃっちゃっとやる。

おニューのジョギパンとミニTは
「パジャマにちょうどいいみたい」

マ、夏休みですしネ。

ムスメの綿密な予定表は、もう使わない今年度のノートやプリント類とともにあっさりゴミ箱行きとなったもようです。


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はっ。写真撮り忘れてたと大急ぎで窓からパチリ。今日はやっと来た夏日で、とおっても暑かったです。

前菜は、すいとん入りカレースープ
主菜は、カワだけ炙(あぶ)った生サーモン、ミニマカロニのゆかり和え、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・さらば、先生 [ワルガキ]

「オカーサン、予定変更!」
と、年度末の授業最終日の前日、13歳のムスメが息せき切って学校から帰って来ました(こちらの学校は9月始まりで6月が年度末なんです)。

最終日は教科ごとにジュースやお菓子の持ち寄りパーティーなので、ムスメはレインボーケーキを焼いて持って行くつもりです。

マ、その大方の作業はオカーサン(ワタシです)がやらされるわけですが。

レインボーケーキはここ数年世界中で流行しているらしき重ねスポンジケーキで、「レインボーケーキ」とこう打ちこみ画像検索なさると、世にも毒々しいのがずらららーっとご覧になれます。

生地を六等分ないしは七等分して食紅で彩色したのを順次焼き、クリームチーズを糊にして虹の色の順番に重ねたケーキ。

表面には粘土みたいな市販の白い砂糖ペーストをのばして覆い、カラフルな砂糖ペーストでデコレーションする算段です。

ムスメは、表面に、
「雨の後は必ず晴れる」
という、ムスメ言うところの「ロックな」一文を書くつもりでいました。

今年はセーヌ河が氾濫するほど雨降りましたしね。

ところが前日になって、この立食パーティーの時間であるドイツ語の先生がこの授業をもって定年退職を迎えるという情報を得て来たというわけです。

そこで予定変更し、
「〇〇先生、定年おめでとうございます」
と、文法あぶなっかしいながらドイツ語で書くこととあいなった次第。

先生との別れって、なんだか胸が苦しくなりますネ。

♪さようなら子どもたちよ・・
という、往年のミュージシャン、ピエール・バシュレの「オールヴォア(またお目にかかりましょう)、先生」が不意に脳内で響き渡り、グッときちゃいます。

ピエール・バシュレはホラ、映画「エマニエル夫人」の主題歌のミュージシャン。

同じ別れでも、二度と会えない状況の、「アデュー(さらば)、先生」という歌も、フランスにはありました。

「スターアカデミー」というスター育成のテレビリアリティ番組に出演した生徒一同が集大成で歌った曲で、この番組が終われば先生もまた追い越すべきライバル、感謝をこめながらも「アデュー(さらば)」という、凛とした決別の言葉がきいています。

この歌の流行った2004年は、学生運動に身を投じた団塊世代が定年を迎えた時期で、曲の中で彼らの青春歌「インターナショナル」を想起させる旋律が含まれていのが、これまたグッときちゃいます・・

・・とこうやたらとグッときて、どうせならもっとグッとなっちゃおうと日本の歌を検索してみると、これが意外にも、リタイヤする先生へのはなむけの歌って、「無い」んですヨ。

卒業式でよく歌われるという「ありがとうさようなら」では確かに先生への別れと感謝が3番にありますが、友だち(1番)、教室(2番)との並列です。

これはいったいどうしたことか。

「チップス先生さようなら」
のような話は、日本では生まれないのか。

やっぱりその、万事世知辛い世の中、定年で悠々自適とはいかないからでしょうかネ。

レインボーケーキもまた、日本ではいまひとつ流行ってないみたいです。


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 ひゃー、壁の修理中。命綱はついているみたいです。

ピエール・バシュレ「またお目にかかりましょう、先生」は、これです。
https://www.youtube.com/watch?v=hLltsfvK2bY

スターアカデミーの「さらば、先生」は、こちら。当時ハリー・ポッターブーム真っただ中、ふつうフランスの学校に制服はないんですが、英国風の制服を着くずしています。
https://www.youtube.com/watch?v=TyrZWgkL5Yo


前菜は、ホワイトアスパラ、マヨヨーグルトソース
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト、いんげん塩茹で、グリーンサラダ




立ち呑み日記・耳をそろえて [ワルガキ]

「オカーサン、ぼくの理科の教科書どこやった?」
と、そのへんをひっかきまわしながら、オカーサンのせいで失くなったかのような口吻(こうふん)で、11歳のムスコ。

「知りません」

家族というのは探しものがすぐに出てこない場合、
「オカーサンが片付けたからだ」
という言い逃れをまずしますナ(子どものワタシもそうだった)。

この日はフランス人のオトーサン(ワタシのオットです)も、大分前に仕事で制作したビデオテープを
「こないだまでそのへんにあった、はずなのに、誰かがどこかへ片付けた」
と、不意に言い出しました。

そのへんってどこよ、誰かって誰よ、と、ツマ(ワタシです)の口はどうしたって尖らずにいられません。
「そんなに大切ならちゃんと自分でしまっといたらどう?」

さて、ムスコの教科書です。

こちらはただ今年度末で、ことにワルガキ二匹の通う中学などはバカロレア(大学入学資格試験)の試験会場に使われるため、早々と夏休みに入ります。

今週はいよいよその秒読みで、一年間使った教科書を学校に返却することになってるんです。

フランスの小中学では教科書は学校から貸与されるもので、表紙の裏に代々の一年間所有者の名前が書かれたカードが貼ってあり、9月の新学期にまずここへクラスと名前を記します。

(憧れのセンパイが使ったのに当たりますように)
と、日本の中学生だったら胸ときめかしそうですが、フランスの生徒はどうでしょうかネ。

カードに男子の名前が多い教科書は、なかなか手荒に扱われて来た気がしないでもないです。

年度の初日に、手垢しみついてニオイ立つような一式ごっそり抱えて来ると、どのオカーサンも以前の透明カバーをはがし、新しいのにつけかえる作業を余儀なくされます。借りものですし大切に扱わないとなりませんからね。

そして一年。

教科書は回収され、次の9月になればまた新しい一年間所有者が表紙裏のカードに自分の名前を書きこみ、そのオカーサンが透明カバーをつけかえる、というわけです。

教科書返却日は学年によってこの日と決められ、
「貸与時と同様の状態で」
「CD付きの場合、破損なきよう所定の位置に付けて」
「一冊たりッとも欠くことなく」
持って行くことになっています。

教科書を返却すれば、さながら武士の廃刀令に同じく、もう真剣勝負(勉強)したくともできない。

最終日の授業までちゃんと予習復習したかったなあ・・
と、ムスコは心にもないことを言い放ち、実に晴れ晴れした顔をしたものです。

ところが、前夜になって理科の教科書だけどうッしても見つからない。理科の授業は先生が独自のすすめ方をなさり、教科書は一度も学校へ持って行ったことがないんです。

ということは、家のどこかにある。

机を探し本棚を探し、ソファに腹ばいで宿題をやったところからソファの上掛けをはいで探しても、ないッ。

いよいよ泣きべそに限りなく近づき、床に落ちて折り重なったクッションをやけのやんぱちでパンッと蹴り上げたら、
「あった」

いくらなんでも蹴りつけるものではありませんッ、
と、こちらも鹿爪らしくやりましたが、とりあえずホッとしました。


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アメリカ・オーランドの凄惨なテロをうけ、パリ市庁舎に追悼のリボンとアメリカ国旗(小さくてわかりづらいけど見えるかナ)が掲げられています。

前菜は、ホワイトアスパラ(初物です)
主菜は、鯛のそぎ身ムニエル、チキンライス、じゃがいもピューレ、モロッコいんげん塩茹で

立ち呑み日記・くわんくわん [追究]

ワルガキ二匹が、午前中の授業がいつもより1時間多くてお昼にお腹の空き切ったところで、目の色かえてカレーうどんにかぶりついている。

うちは学校の目と鼻の先なので、お昼はいったん帰って来て食べるんですヨ。

それにしても、お腹がきゅうきゅうに空いているときのカレーうどんっテのは迫力ありますナ。

怒涛、というのが誇張でなく、どばーッとすすりこむ。そうと予想はついていたのでうどんをよく水で洗って多少ぬるくしておいたのが幸いでした。

テーブルクロスに散る飛沫。マ、うちのは防水布なのでさっと拭けばすむことですが。

「もうちょっとお行儀よく食べなさい」
と、声をかけると、(へ?)という感じにこちらへ向けた二つの顔のその口からカレーまみれのうどんがビロンととび出ている。

口のまわりたるやすざまじいなんてもンじゃないです。

「くわんくわんよ」
と、オカーサン(ワタシです)は、ティッシュの箱を差し出しました。

で、ふと思ったんですが・・

「くわんくわん」って、どうして「くわんくわん」って言うんだろ・・

・・と思って検索して知ったんですが、「くわんくわん」はおもに関東圏で言われ、
「なにそれ聞いたこともない」
という人のほうが多いみたいです。

みなさん、「くわんくわん」って、言います?

子どもの口のまわりが食べ物で汚れたなりになっているさまのことで、
「ooちゃん、お口がくわんくわんよ」
「くわんくわんになってるよ」
と、いうふうに使います。

ワタシら世代は、卵かけご飯というときまって食べ終わったところで言われたものでした。

今の子どもは、卵かけご飯ではくわんくわんにならない気がします。なぜというに、うちの二匹がそうですが、卵がけご飯はスプーンで食べる。

それに、卵がけご飯だけ、ってことは金輪際あり得ず、他のおかずもあるところから、一気呵成と「ばっかり食べ」することもない。

ワタシらのころは栄養バランスの考え方が今とやや異なり、卵がけご飯といったらそれだけを、しかもお茶碗に口つけてお箸でズルズルっといきました。

食べ終わると、オカーサンや同居の老人にさっさと背を向け空き地に遊びに出て、その足でまた
「♪ミーチーコちゃん、あーそーびーまーしょ」
と、ミチコちゃんチへ誘いに行く。

「ユキちゃん(ワタシです)、今日のお昼、卵がけご飯だったでしょ」
と、縁側に顔を出したミチコちゃんのオカーサンによくあたる占い師のごとく的中される。

「だって、お口のまわりくわんくわんだもの」

大急ぎで手の甲でゴシゴシやったもンでした。このときの恥かしさといったらなかったです。

「くわんくわん」の語源は、民話の小坊主さんなどがこっそり盗み食いしたのが口のまわりについている食べかすでバレバレなのに、
「食わん食わん」
と、しらばっくれたところから、だそうです。

さて、オカーサン(ワタシです)が差し出したティッシュの箱を、
(まだいい)
と、二匹は目で告げるばかりでお箸をいったん置くこともなく、どんぶりの底が見えるまでひたすら、ひたッすらずりずりやり、
「フゥー」
と、くわんくわんの口でひと息つきました。


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マルシェの日の水道栓です。当日はちゃあんと蛇口があるのに(誰でもひねっていいわけでもなさそうです)、マルシェ以外の日はこんな感じ。

前菜は、メロン
主菜は、鶏肉の串焼き(レモン&マスタード風味)、じゃがいもとカリフラワーのクリーム和え、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・ソルフェージュ [ワルガキ]

「オカーサン」
と、晩ごはんの準備にあたふたしていたら、深刻な声、と言うよりもはや涙声で、13歳のムスメ。
「明日ソルフェージユの期末試験なのに書き取りが絶望的」

ソルフェージュというのは日本語に訳せば音楽理論ですが、コンセルヴァトワールで楽器と抱き合わせになっている授業です。

コンセルヴァトワールは地方自治体が母体の公立音楽教室で、登録すれば誰でも音楽やダンスや演劇が習えます。

「のだめ」が通ったのはその親玉の、国立のほうのコンセルヴァトワール、こちらはそうおいそれとは入学できない最高峰。

「地元のコンセルヴァトワール」
と、最高峰と区別するために言ったもりします。

で、その地元のほうのソルフェージュですが、このせいでコンセルヴァトワールは敬遠という子どもが多いのもまた事実。

ドとレの間は1度である、なんてことを、楽器にまだ触ったこともない子が机上でめんめんとやらされるわけですからね。

楽器の練習はたのしくても、いつ果てるともなくソルフェージュが覆いかぶさってくる。しかも試験も落第も成績表あり、二度落第しちゃうと永久退学、というなかなか厳しいことをつきつけられます。

まな板の鯉になっているムスメがふるふるおびえる「書き取り」というのは、ソルフェージュの授業の中でもムスメがもっともニガテとする「聴音」です。

ワタシもピアノをならっていた子どもの頃やらされましたヨ。先生が短いメロディーを弾いたところでノートに音符を書き連ねていく。

いちいち音符を黒く塗りつぶしていると次の音が聞けなくなるので音符の玉は斜め線でいい、なんてコツも習いました・・

・・とこう言うと音大受験生並みみたいですけど、ワタシはバイエルですぐさま挫折したクチなのでうんと簡単な聴音です。

今回の試験は、テープ(というか今はパソコンですネ)から流れる音のつながりを聞いて、手元に配られた穴あきの楽譜に音符を書きこむものだそう。

シャープ、フラットもあるので、耳の練習を付け焼刃で
「オカーサンおねがい、手伝って」
というわけです。

授業では先生がピアノで、ドならドとまず明示してポーンと弾き、それを基点に短いメロディーが始まるのだそう。

ヤマハの小さいキーボードを持ち出し、ド・ミ・ソ・ドー、ぐらいの短い音を弾いてみます。

それがまあアキレるほど出来ない。ふだんいつでもどこでもデタラメ英語を駆使してヒットチャートの歌をあれだけ調子よく歌ってるっていうのに、どうしてなんだか。

ムスメはハープを選択しているので、ピアノの音には慣れていないから、かも、しれない。

「音と楽譜がむすびつかない子って、いるものよ」
と、オカーサン仲間の一人が言っていましたが。

その彼女も子どもの頃いやいやソルフェージュの授業に通い、聴音のときはさされないよう身を縮めていたそうです。

さて、公開処刑でも受けるごとくうちふるえてソルフェージュの試験に出向いた当日。ムスメは実に晴れ晴れとした顔で帰って来ました。

全問正解とはいかないにしても、あてずっぽうの回答がみごと的中して落第は免れたんだそうです。


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この土曜日の宵からサッカー・ヨーロッパリーグが始まるもよう。カフェもかきいれどきです。

前菜は、メロン
主菜は、七面鳥ささ身ソテー、カレーライス、いんげん塩茹で、グリーンサラダ

立ち呑み日記・セーヌ大洪水 [困った!]

日本でも報道があったようですが、パリのあるイル・ド・フランスはじめフランス全土に雨が続き、洪水が起こっています。

なかでもロワール河やセーヌ河支流マルヌ川などは、地区一帯に車の屋根まで届くほどの水。

パリ市内を横切るセーヌ河もまた、エッフェル塔を見はるかすお屋敷街がある河岸沿いで地下カーヴに浸水する被害が出ました。

すわルーヴル美術館も犠牲に?!
という報道もありましたが、すんでのところで水位上昇は止まりました。

「橋下の目前まで水が来てるってのも妙な感じだねえ」
と、今朝買い物に出たらどこへ行ってもこの話題で持ちきりでしたヨ。

誰もが雨の中を物見高く橋までわざわざ出かけて行きスマホかざしたもよう(ワタシもです)。水位よ下がれ、と、念じながらも、スゴい光景もとめて橋から橋へついさまよっちゃうんですね。

先生に引率された幼稚園児の集団さえ見かけました。

「ほらあそこ見てごらんなさい」
と、先生が指さす橋げたの手前の石壁には横線が刻まれ、
1910
の、文字。

1910年に、セーヌ河は歴史に残る大氾濫となり、メトロのサン・ラザール駅が水没してパリ一帯は湖のごとくになりました。

アルマ橋という橋の橋脚に兵士の彫像があり、パリっ子はセーヌ河の水位上昇を、この兵士の「足元まで来た」「膝が沈んだ」というふうに表現するんですが、1910年には肩までずっぽり・・

・・テナことを、ワタシがパリに住み出した1980年代後半には、自分の目で見たがごとく得々と語るオジサンオバサンがいたものです。

そういや最近全然耳にしてなかったナ・・
と思ったら、このありさま。

今回は、この兵士の股下まで来ました。

もっともアルマ橋は自動車量が増えた1970年に幅広のものに建て替えられ、このとき兵士の像も移動したので実のところ当時との比較にはならないんですが。

1910年は水位8.2メートル上昇、今回は6.5メートル、だそう。

肉屋で仕入れたハナシによると、1910年の後、パリ郊外に小さなダムのような水流調節する箇所を作り、パリ市内の河岸も2メートル高く工事したそうです。

セーヌ河は毎年3月ころ水位が増し、河沿いの自動車道が水につかって数日通行止めになるのが恒例です。

でも6月でここまではめずらしいです。6月のパリといったら一年でもっともすがすがしい季節なのに。

ただ今3学期の終盤で、11歳のムスコのクラスも年度末遠足でサン・ジェルマン・アン・レイという郊外通勤電車の終点駅にある国立考古学博物館にお弁当持って出かけることになりました。

この博物館は、王家の城にナポレオン3世が創設した由緒正しき博物館で、隣接して緑豊かな公園が広がっています。

この公園の芝生でお弁当を食べ、ゆっくり遊んでからパリに戻ってくる予定で、新学期以来のおたのしみでした。

ところがあいにくの雨。一行はそそくさと帰路につき、お弁当は混んだ電車の中で立ったまま食べることに。

博物館見学のほうも、案内人の解説がちっともおもしろくなくて眠気を誘うばかりだったそうで、
「それもこれも全部雨のせいだ、セーヌ河のせいだッ」
と、ムスコは今回の洪水を目のカタキにしております。


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映画「ポン・ヌフの恋人たち」の舞台となったポン・ヌフ(橋)から河にせり出した公園も完全水没(木立の見えるところです)。この光景を眺めようと河岸も橋の上もなかなかの人出でした。

前菜は、鶏出汁野菜ポタージュ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト(いずれも昨日の残り)、いんげん塩茹で、グリーンサラダ

立ち呑み日記・毎朝滝クリ [ワルガキ]

近眼の13歳のムスメのかねてからの念願を受け入れ、ついにコンタクトレンズをみとめることとあいなりました。

ムスメはこれまでに携帯電話など高価なものを不注意により紛失しており、
「持ち物の管理ができない人にコンタクトレンズなど使えますかッ」
と、これまでに何度ぴしゃりとやってきたことか。

でも、思い起こせば、ワタシも中学に上がるなり級友にコンタクトのコが何人もいたんです。メガネに縁のないワタシには別世界の、大人の持ち物にうつりましね。

休み時間に級友が目からとってまたはめるのを、固唾(かたず)をのんで見守りました。

手のひらのくぼみに蒸留水を数滴落とし人差し指の腹で小さく透明なレンズを丹念に洗うさまなど、
(大人っぽいしぐさだなあ・・)
と、憧憬したものです。

級友は一瞬にして瞳にパカっとはめました。

「高価なものだから絶ッ対になくしちゃいけないの」
と、よく見えるようになった目をパチパチして、自分自身に言い聞かせるように言っていた声が耳によみがえります。

ムスメもその年齢に達したわけです。

老眼以外のメガネに無縁のオカーサン(ワタシです)はコンタクトレンズの入手法に明るくなく、とりあえず眼科に連れて行って処方箋をもらい、紹介されたメガネ屋さんに行きました。

そのメガネ屋さんは懇切丁寧につけ方をおしえてくださる、とのこと。ムスメの期待と不安の高まるまいことか。

片方の手で眉毛のほうから上まぶたを上げ、利き腕の中指でアカンベーしたところへすかさず人差し指でパカッとさしこむ、というのを、何度もシュミレーションします。

ところがムスメは瞳がどうっしても閉じちゃう。

「そうじゃなくてこう」
と、お店の方はご自分の眼球を生々しくむき出してお手本を見せてくださいます。

よく、コンタクトレンズをつけたまま眠ってレンズが眼球の反対側にまわっちゃった、なんてオソロシいハナシを耳にしますが、あれはハナシ半分で、たいていは瞳からそう遠くないまぶたの内側の白目に貼りついているものだそうです。

ムスメはふとした拍子に片目だけ成功。
メガネなしでこんなにくっきり見える、と、片目であたりを見回して大感動です。

とはいえ、片目だけではどうにもならず、お試し用を家に持ち帰って練習することになりました。しかし、鏡をニラみつけてアッカンベーしているまぶたがどうがんばっても閉じ加減になる。

こういうとき、最近の子はyoutubeで研究するものなんですネ。コンタクトレンズのつけ方を解説している映像がいくつもあり、これらをじーと見ていたようでした。

そのひとつを採用し、まず鏡に向かって斜めに座わりました。その斜めっぷりといったら、滝クリもかくや。

で、鏡に写っている白目のところにペタっとやり(白目のところだとなぜかちっともこわくないんだそう)、しかるのちに鏡の一点を凝視しながらすうっと正面を向くとアラ不思議、コンタクトレンズはしぜーんとずれて瞳の上におさまる。

コンタクトレンズになったら、体育の時間にメガネを気にしいしい身体を動かさないとならないわずらわしさから完全解放されたそうです。


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日本でも報道されたようですが、セーヌ河の水かさがまだまだ増すようです。1982年以来だそうです。

前菜は、トマトとオイルサーディンのサラダ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト、いんげん塩茹で゛

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