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またしても臨時休業のお知らせ

ここのところ間引き運転でごめいわくをおかけしております。

ただ今こちら秋の学期休み中で、誠に勝手ながら今週いっぱいおやすみさせていただきます。

みなさまもよき一週間をお過ごしくださいませ。

ぐちぐち

立ち呑み日記・ブロシェット [主菜]

「ブロシェット」が
「食べたい、食べたい、食べたい」
と、10歳のムスコ。

「ブロシェット」は、串焼きです。

なんでまた、と、オカーサン(ワタシです)は訝(いぶか)りました。

「ブロシェット」とこう言われると、なんといいますか、見栄えはいいもののパサパサした粗末な食べ物、テナ思い込みが、ワタシにはあるんですね。

なぜというに、ワタシの学生時代、パリの学生街を席巻していたギリシャ料理店こそが「ブロシェット」の本拠地みたいなもので、どの店のショーケースにもまだ焼いてないところがずらららーっと並んでいた。

とぐろに巻いた羊肉ソーセージだの赤ピーマンだの、海老だの、一見いかにも新鮮でおいしそうです。が、食べるとややガックシ。焼きすぎのパッサパサです。

今日では、この世代のギリシャ移民の引退とともに、あれだけあったこのテのギリシャ料理店はもののみごとに絶滅してしまいました。

「ブロシェット」は串ざし全般のことですから、なにもすべてがすべてパッサパサというわけではないんですが。

現に、うちの近所のパン屋兼お菓子屋にはひと口大に切ったミルフィーユなどのお菓子と真っ赤なイチゴを交互に串に刺したのが「ブロシェット」として売られています。

その美味しそうなこと。矛盾してますが、串にささってるだけで、どうしてこんなに食べてみたくなるんだか。

ちび太のおでんだって単体でなく串にささっていたからこそ、後に商品化されるまでになったんじゃ、ないでしょうか。

さて、ムスコがなぜ急に「ブロシェット」と言い出したかというと、なかよしのマチスくんが家族で食べに行ってとおっても美味しかったと微に入り細に入り聞かされたようなんです。

マチスくん一家は、土曜日の午後、郊外の巨大ショッピングセンターへ自家用車で行った。

うちは車がないので疎いんですが、車を持つパリ市民もまた田園生活者に同じく、日々の買い物を近くのスーパーやマルシェではなく、郊外のこういう巨大施設でまとめ買いするものだそうです。

そのほうが格段に割安ですからね。で、出かければ「何か食べて帰りましょう」ということに、なる。マチスくん一家が週末に車でよく行くところには、スシと「ブロシェット」食べ放題の店があるのだそうな・・

・・その「ブロシェット」とは、ヤキトリでありましょう。

パリでは1990年代後半から、中国人の経営する日本料理店が雨後のタケノコのごとく増えたんですが、こういう店はきまって、前菜がスシ、主菜がヤキトリです。薄切り牛肉のチーズ巻き串焼き、なんてのも、こういう店の定番。

ウン、言われてみれば、焼き鳥、食べたいなあ・・

この夏一時帰国した折に友人たちと行った居酒屋で食べたッきりだなあ・・

そこで、「WASABI」というテイクアウトの店まで行って、つくねやらをついついたくさん買いこんじゃいました。

お味はというと、決してまずくないですが、日本の焼き鳥とは、何かが微妙にやや違う、ような、気がしないでもない。

「ブロシェット・ジャポネーズ」
と、言われると、大いにナットクしたくなる、そんな味です。


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散歩しながらパチリ。

前菜は、トマトサラダ
主菜は、鶏肉中華炒め、炒飯、いんげん塩茹で、グリーンサラダ




立ち呑み日記・ロガリスム [追究]

わが人生においてフランス生活の期間が占める割合ってどのくらいかナ、ということに、ワタシはつねづね深い関心を抱いているんですね。

みなさんもそうじゃないですか?

生まれ故郷を離れてからの日々と親元にいた日々との比率といいますか割合って、気になりません?

ワタシはといえば、昨年とうとう、我が人生で日本での年月よりパリ生活の方が、長くなりました。

が、年月は確かにそうですが、そんな単純計算で、ホントにいいんでしようか。

だって考えてみてくださいヨ、20歳にとっての1年間は、40歳なら半年ということになる。ワタシも20歳のころ、1年といったらそりゃもう長かったです。1週間でさえ長かった。

1年のなかに、あまたのコンパあり、期末テストあり、学期休みあり学園祭あり、恋あり失恋が、あった。たくさんの映画を観て読書して、バイトにも精を出し、友と顔を合わせれば長々とお茶した。

それが40歳さえひと昔前となった今は、1年など「あっ」という間ですからね。ついこないだ新年を迎えたのに、まもなく年の瀬。

その縮尺でいったら、ワタシのパリの日々が人生の半分以上とほんッとうにいえるものなんだか。

こう測ってみたらどうでしょう。

「人生において1日が占める割合」として考える。すなわち、生まれた日で1/1、次の日が1/2、その次の日が1/3・・・と、順繰りに1/365までたすと、「満1歳の人生における1日の割合」となる。

2歳なら、1/366たす1/367たす1/368たす1/369・・・で、365日後の1/730まで。

こうやって足し算していけば、人生におけるある一定期間がどのくらいの割合になるのか明快になる、ン、じゃ、ないかなあ・・

どうです、われながらノーベル賞級のアイデア・・

・・テナことを、晩ごはんのときにワインをクイクイやりながらオット相手にダベッたんですね。

「ロガリスムだね」
と、理系のわがオット。1/1+1/2+1/3+1/4+1/5・・と、いうように順を追っているものを「ロガリスム(対数)」というんだそうです。

オットは、中学生のうちのワルガキがそのへんへ出しっぱなしにしていた、数学の授業で使う関数計算付き電卓に手を伸ばし、ポチポチやって1歳から5歳までたちまち算出しました。

「小さくて打ち間違えそうだから、あとはパソコンで計算するネ」

その結果が、こうです。

1歳  6,477
2歳  0.693
3歳  0.405
4歳  0.288
5歳  0.223
6歳  0.182
7歳  0.154
8歳  0.134
9歳  0.118
10歳 0.105
11歳 0.095
12歳 0.087
13歳 0.080
14歳 0.074
15歳 0.069
16歳 0.065
17歳 0.061
18歳 0.057
19歳 0.054
20歳 0.051
20歳~30歳 0.405
30歳~40歳 0.288
40歳~50歳 0.223

20歳までを全部足してみると、9.472。なるほど、二十歳までの日々は人生の中で占める割合が圧倒的。

「ただ、これって『記憶』については考慮に入れてないよね」
と、オット。

確かに、満1歳までの数値は群を抜いて高いながら、この時期の記憶といったら茫洋たるものです。

それにご覧になってのとおり、5歳の1年間と40歳から10年間の数値が、同じなんです。育児と家事と仕事に精一杯の10年間と、幼稚園年長さんの1年が同じでいいものやら。

ウムムム・・この計算、どうやら失敗でありましょうナ。


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歩きながらパチリ。

前菜は、カボチャポタージュ
主菜は、牛ステーキ、じゃがいもニンニクソテー、いんげん塩茹で、グリーンサラダ







立ち呑み日記・ウリカボチャ [主菜]

世の男性のみなさまにお聞きしたい。

みなさまはなぜ、カボチャがお嫌いなのか。

「男性の」と言いましたけど、13歳になるうちのムスメもまた
「おねがい、お皿の食べなくていいでしょ」
と、懇願する始末(うちはお皿のものは残さず食べる約束です)。

日本のカボチャよりねっとりして、うっすら甘いです。

「カレーかけちゃえばなんとかのみこめるよ」
というオトーサン(ワタシのオットです)ともども、10歳のムスコもまた味と食感わからなくしてのみこんでるありさま。

カレーは味消すために食卓に出てるわけではありませんッ(怒)。

「それ、キロいくらだった?」
と、巨大なウリカボチャをマルシェの農家直売の屋台で買ってからアジア食材店に入ったところ、お店のベトナム人のご主人に目くばせされました。
「うちの日本風カボチャ買えばいいのに」

「ただね」
と、ご主人は顔をしかめます。「野菜としてはキライだけどね」

ご主人は日本料理大好きで、日本人街の讃岐うどんの店へも地下鉄乗り継いで足を運ぶそうで、こういう店の天ぷらセットにはきまってかぼちゃの天ぷらがついてくるものだそうです。

これを初めて口に入れた時、「うえー」となったそう。

甘くてもっさりしてノド詰まりそうってのに、
「日本人はなんでまたカボチャをこんなふうにして食べるんだか」

カボチャは、茹でてタピオカと合わせ、ココナツミルクをかけまわしたデザートなら、
「大、大、大の大好き」

肌色の巨大なウリカボチャ、実はワタシ初めて買ってみたんです。

マルシェの農家直売の屋台に、秋口に入ったら、長細く(とはいっても太い)、これまた別の巨大な瓜が山と積まれていたんですね。

ハロウィーン飾りにする巨大カボチャと同じ味でスープ用、
と、おかみさんがおしえてくれたので、エッチラ担いで帰りました。

うちの家族はカボチャのスープといったら目がないんです。だからこそ、この見慣れない肌色のウリカボチャにもとびついたわけですヨ。

「『バターナット・スクウォッシュ』という名前だよ」
と、そのずっしりしたところを持ち上げながらご主人。「スープには不向き」

「シーシーシー」
と、列の背後にいた紳士が人差し指を上げました。シーsiはフランス語の否定文に対して肯定するときの言い方です。
「ねっとり、ビロードの舌触りだよ」

「マ、好きというならね」
と、ご主人はお客をたてながらも、肩をすくめます。
「それよりね、グラタンがうまいのよ」

スープにする要領で皮剥いて種をとり、大まかに切り分けたのを鍋に入れてうっすら水をはって蒸し煮にすると、ぐずぐずくずれる。これをおろしチーズと層に重ねて耐熱皿にのせ、上からもおろしチーズをどっさりかけて、焼く。

どうです、いかにも美味しそうではありませんか。

そこでスープ用のと合わせ特大二つを渾身の力で担ぎ、アジア食材店の用までたして、エレベーター無し最上階の我が家まで、どうにかこうにか帰り着いたわけですヨ。

結果的に、一方(スープにするほう)は溺愛され、一方は悪しざまにされることと、なった。

この違いは何なのか。

世の男性のみなさま、カボチャ嫌いのみなさま、おしえてちょーだいッ。


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秋めきました。

前菜は、トマトサラダ
主菜は、焼き鳥(テイクアウト中華)、いんげん塩茹で、残りのカボチャのグラタン



立ち呑み日記・ラーメンセット [ランチ]

「日本人ですか?」
と、お腹すかせて入った、日本人街の和食堂のカウンターに着いたら、ほぼ同時期に隣りについたフランス人青年に話しかけられました。

「この店で日本人に出会うとはめずらしい」

ンなこたァないでしょう、
と、立錐の余地なく混雑している店内を見回せば、あれマ確かに日本人の姿はなく、フランス人や外国人観光客の家族連れ、アジア人にしても韓国語や中国語のガイドブックをテーブルに載いている人たちばかり。

この店は、ワルガキの日本語塾が退けた後など前を通るといッつも混んでいて、入ったのは今回が初めてです。

本日は近くで所用をすませ、時分どきを過ぎてお腹がきゅうきゅうにすいているところで
(ラーメンセット食べてくかナ)
と、前のめりに日本人街へやって来たんです。

するとまあ、3時も近いというのにどの店も大変な行列。

そのなかで比較的列が短かったこの店の、外の写真メニューにラーメンセットがあるのを再確認してすぐさま決めました。

とにもかくにも
「しょうゆラーメンと餃子のセット、おねがいしまーす」

「日本料理お好きですか?」
と、隣りでも注文が終わった青年に声かけてみると、
「大っっっ好き」

日本人街には毎日のようにお昼を食べに来ているのだそうな。日本人だったら、この向かいにある日本人経営による讃岐うどん屋のほうが好みなのでは、と、うがった分析もしてみせます。

「こっちの店はどちらかというと欧米人好みだと思うんですよ」

確かに、日本人は前菜として枝豆の小皿を一人一枚あて抱え、空になるまで手を休めることなくもくもくと食べ続ける、テナことしませんよネ。

日本人がこの店に来ないなんてことはないと思いますが。現に日本人のオバサン(ワタシです)がここにいる。

そうこうするうちに、青年の前に牛丼が来ました。

青年は、(あ、たのみ忘れてた)という感じに中国人のウエイトレスさんへ、
「アイスグリーンティーおねがい」

見回すと多くのテーブルで、抹茶をといたような飲み物が林立しています。のんでみようかな、と、思わないこともなかったんですが、マ、カウンターに置かれたカラフの水道水でよしとしましょう。

青年は、牛丼にお醤油をじゃんじゃんかけて食べ始めました。なんでまた、と、聞きたいところですが、個人の好みもあることですしね。

「つゆだく」という日本語をおしえてあげてもよかったんですが、厨房にもフロアにも日本人はいないところで通じるはずもなく、なんとはなしに「当店の牛肉はブラジル産です」という貼り紙を眺めます・・

・・とそこへ、いよいよわがセットの餃子が登場、次いでしずしずとしょうゆラーメンも来ました。

お味はというと、日本でいうならデパートの屋上やスーパーの軽食コーナーなどによくある感じの、可もなく不可もない、安定したふつーうのおいしさ。

が、あまりに前のめりだったからか、スープを一滴残さずさらってもなおオナカイッパイにならず、店を出たその足で向かいの日本風菓子パン屋さんでミニカツサンド買っちゃいました。


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今宵の晩ごはんの牛肉。焼く前に冷蔵庫から出して室温に戻しているところデス。

前菜は、野菜ポタージュ
主菜は、フォーフィレ(牛肉)ステーキ、じゃがいもソテー、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・ファラフェル [おやつ]

夕刻、10歳のムスコをマレー地区にあるチェス教室におくりとどけたら、お昼はちゃんと食べたというのになんだかどうもお腹がすいている。

マレー地区はユダヤ人街で、チェス教室の目と鼻の先が、その中心街ロジエ通りです。

チェス教室が終わるまでの間、ふだんは大通りのカフェで時間をつぶすんですが、今日はどうしたわけか磁石に引きつけられたがごとくロジエ通りへ足が向かったんですね、

ロジエ通りはファラフェルというつぶし豆の丸いコロッケを生野菜や揚げ野菜がピタパンにどーっさり詰めた中東風サンドイッチが名物です。

が、この時点で「食べる」と決めたわけではありません。そりゃ食べたいけどごはんどきでもないのに手を出したらねえ・・。せっかくだから香りだけでも・・

・・と、つらつら考えつつファラフェル屋さんへ近づくともなく近づいたら、
「ファラフェルサンド『で』いいね」
と、断定的に話しかけてきた、外で店番していたユダヤ人のオジサン。ポケットを金庫代わりにレジ係をつとめています。

さすが商売上手と唸(うな)りましたね。

これが街角のクレープ屋台なら、会計係は焼けた鉄板の向こう側にいて、長―い行列ができていようともお会計は焼き上がったクレープと引き換え。

(やっぱりやめとくかな)
と、客が列から離れてしまえば売り上げをみすみす逃がすこととなります。

そこいくとシェークスピアもそれと見込んだ商売上手は、とにもかくにもお財布を開かせちゃう。

「普通盛りだね」
と、オジサンはこちらが買うと決めてかかり、今にもチケットを切ろうと身構えます。

「イイエ、においだけよ」
と、断るつもりで開けた口で、
「エエ、熱々でお願い」
と、言ってました。

ユダヤ商人にかかっちゃ仕方ない、
という非の打ちどころなき口実が、すぐさまわが心の中に生まれました。

ファラフェルサンド、久しぶりだナ。

ファラフェルって、揚げ物なのにとんかつソースやマヨネーズやケチャップの味つけでないのが初心者のころは面食らったものですが、慣れるに従ってどんどん好きになってくるタイプの味です。

味つけは、白ごまペースト味。

「だからそれどんな味のサンドなのヨ」
というお声が聞こえて来たようですが、エート、丸いピタパンの中に千切りキャベツ、トマト、揚げナスをみっしり詰め、その上にコロンとした揚げたておからコロッケを五、六個積み上げ、そこへつぶした胡麻豆腐をかけまわした、テナ感じ(想像つくかナ)。

本日は、真っ赤な辛味ソースもちょっぴりかけてもらいました。

この店は世界のどの観光ガイドブックにも載っているほどの有名どころで、洋の東西の観光客と地元民でいつもたいへんな行列です。

「ハイ」と手渡されるのももどかしく、すぐさま食べたいのにおテンコ盛りのどこからかぶりついたらいいのか迷うのも、ファラフェルサンドらしいです。

かみついたところからコロッケがころがり落ちそうになるのを大急ぎでもうひと口、ピタパンが破けて野菜がこぼれそうなところをさらにひと口と実に狂おしく、持ち重みするまでのボリュームなのにたちまち胃袋へ雲散霧消しました。


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「神話の創始者・ヘラクレスからダース・ベイダーまで」という、ルーヴル美術館の展覧会のポスターなんですが、タヌキが入るとがぜん道の駅のポスターっぽくなりますネ。

前菜は、トマトと千切りニンジンのサラダ
主菜は、鯛切り身の塩焼き、ニンニク風味じゃがいもピューレ、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・韓国ランチ [ランチ]

久々に日本人の友だちとランチすることとなり、電話口で
「韓国料理が食べたいなあ」
と、言ってみたら、快く賛同をもらえました。

今よりずっと若かった、パリに住み始めの頃は日本人仲間とレストランへ行くとなればきまってアジア料理で、卓を囲んで日本語で盛大におしゃべりするのが珠玉のたのしみだったもンです。

が、ここへきて、日本語ピーチクはかわらずとも、必ずしも全員が全員、外でアジア料理を食べたがっているわけではないと気づきました。

なぜというに、外国生活が長くなればそれだけ台所に立つ機会が増えて腕が上がり、醤油ベースなどわれらがソウルフード・アジア料理は日常的に自分で作って食べられるまでになっているから。

「せっかくだし家では食べられないものにしない?」
というわけです。

ただ、ワタシの場合、韓国料理といったら家では食べられないものの部類なんです。心から残念なことにうちの家族は韓国料理の味つけが大のニガテなんですね。

辛いのがダメ。

「辛くない韓国料理だってあるでしょうが」
と、いうお声が聞こえてきたようですが、然(しか)り。

チャプチェなどちっとも辛くなく、醤油と胡麻油のよーくしみこんだむっちり春雨のおいしいことといったら、たまりませんよネ。

「まあね」
と、肩をすくめるのみのわが家族。「でもやっぱりステーキとポテトフライのほうが好きだナ」

さて、いよいよお出かけですが、韓国料理店は今やパリに美味しい店がたくさんあります。

ワタシがパリに住み始めた1980年代後半はめずらしく、そのうちの一軒は安くて美味しいと韓国人留学生の間でつとに知られているようでした。

語学学校の同級生キョンジャちゃんに連れられ、ワタシは生まれて初めて食べました。今でこそ日本で韓国レストランといったら身近でしょうが、当時は焼き肉どまりでしたからね。

人生お初の感想は、
(ニンニクがずいぶん利いてるもんだなあ・・)

キョンジャちゃんはこのとき、目の色かえて「ジャンジャンミョン(ジャージャーメン)」をたぐってました。味噌や醤油味かと思ったら意外にもビーフシチュー風ルーで、これが韓国では日本のラーメンのようなB級グルメなんだそうな。

そして韓国本国には、パリのようにジャンジャンミョンとプルコギがともにあるような店は存在しない、とのことでした。

日本にお好み焼きと寿司が並ぶ和食店がないのと同じですよネ。

今回友人と待ち合わせたのは、食べログで見つけたオペラ座界隈にある店。お昼のセットは、ナムルなど野菜三品がのった小皿と餃子四ツないしは烏賊の辛味サラダ、それにビビンバなどメイン一品の定食で、13~15ユーロ(約1600~2000円)。

最近は別添えのご飯茶碗でなくメインディッシュの洋皿におテンコ盛りにしたご飯がつくのがアジア系料理レストランの流行りみたいです。

友人と無事会え、メニューを検分して餃子と烏賊の辛味サラダを半分ずつ分けることにして、二人ともメインはチャプチェにしました。

友人は、つい先日の晩ごはんにもチャプチェを作ったところだそうです。


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ア、今日写真撮り忘れた、と、たった今窓からパチリ。なかなか寒くなってきました。

前菜は、カボチャポタージュ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト、いんげん塩茹で、グリーンサラダ

立ち呑み日記・頭ゴチン [買い物]

朝市の八百屋に行列してたら、
ゴッチーン、
という派手な音がして、鉄パイプを組み立てたテント屋根が全体にゆさっと揺れました。

何ごと?! と、見れば、背の高いアメリカ人観光客の紳士が、かざしたカメラに気をとられ、オデコを横棒にいやというほどぶつけたところ。

目の上にさぞかし星が回っただろうなあ、というゴッチーンでした。

朝市の屋根は、鉄パイプの骨組みの上に木材で補強したシートが載せてあるんですが、雨が降ったら上部にたまらないよう後方が低くなっているんです。

この低いところに、アメリカ人紳士はついうっかりしたんですね。

上背のある人は、
「世の中いたるところ自分より低い」
と、頭ゴチンしないよう日常的に気をつけていると聞いたことありますが、巨漢大国アメリカでそんな心づもりなど不要、ふつうに歩いていてぶつかるなど想像だにしなかったことでありましょう。

東京在の、身長190センチの友人など、電車に乗る時はもう条件反射で
「おじぎする」
と、まで言ってました。

この友人はまあ例外として、欧州に来る日本人の男性はむしろ小柄で困ることがありそうです。

仕事など縁あって日本紳士を街案内して、ひと息いれるのに入ったカフェで、小用に立って席にお戻りになるとたいてい、
(ショックを顔に出すまい)
という顔なさってる。

「つま先立ちしました?」
なんて立ち入ったこと、当然ながら尋ねませんゾ。

「便器のヘリに付きそうで不潔でたまらなかった」
と、問わずともおっしゃる方は、思いのほかいらっしゃいます。

さて、フランスで頭ゴチンといえば、シャルル8世という王様を思い出さずにはいられません。

どうです、ロイヤル級の頭ゴチンです。この王様はロワール地方のアンボワーズ城で生まれ、この城で生涯を終えたんですが、その死因が、頭ゴチンでした。

城内にある手打ちテニス場に行くのに背の低いドアを通る時、うっかり額を強打した。

城には今もその低いドアが現存していて、見学客が王の二の舞にならぬようクッションがちゃんと貼ってあります。

でも、確かにオデコぶつけることもありましょうが、この程度のゴチンでほんとうに死に至るものなんでしょうか。

死までとなると、誰かが加担して強打させなければあり得ない気が、しないでもないです。

「ゴチン」は史実として公的文書に記されているようですが、21世紀の今に至るまでバレない佞姦(ねいかん)が、あったんじゃないでしょうかねえ・・

・・テナことを、フランス人を代表してわがオットに追及するも、てんで無関心。

それでフランス人と言えるんですかッ、
と、つい熱が入っちゃいますが、シャルル8世といったらアンボワーズでは町おこし的人物なれど、フランス史の大筋からすると太陽王ルイ14世などと違い、少なくとも中学校の歴史の授業では習わない王様らしいです。

硬膜下血腫、というオソロシい病名がシャルル8世の死因らしいんですが、マルシェで買い物すませたところで先のアメリカ人紳士とたまたますれちがったらおでこにパリみやげの立派なタンコブが生成されていたので、こちらは冷せばすぐよくなることでしよう。


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まだ寒くもなく暑くもなく、週末の深夜なかなかにぎわってます。

前菜は、カボチャのポタージュ
主菜は、うずらのコニャック風味焼き、モロッコいんげん塩茹で、蒸しじゃがいも、グリーンサラダ

立ち呑み日記・ヌュゲット [主菜]

ヌュゲットが、
「久しぶりに食べたい、食べたい、食べたいッ」
と、この9月に中学に上がった10歳のムスコ(フランスの学制は日本の6・3・3制と異なり5・4・3年制なんです)。

ヌュゲットとはフランス語で、ナゲット、ムスコの小学校給食の人気メニューでした。

ムスコが小学校低学年の頃、日本語学校が終わったおやつどきの胃袋をかかえバスの中で
「ヌュゲットぐらいおいしい給食はない」
と、声高に自己主張していたら、前の席の紳士が(おや?)という顔で話しかけてきたことがありました。

「そんなにおいしいのかい?」

大人からすれば安価なファストフードで、何が練りこまれてるんだか分かったもんじゃない、テナ疑念もあるのがナゲットです。

エートね、丸みたいな四角みたいなかたちで、はンッとかじるとすごーくおいしくて・・と、ムスコの説明は要領を得ません。

が、紳士はいたく心をつかまれたようでした。ヌュゲット、と、紳士は自ら発音しながら、手帳に書きこんでさえいました。

尋ねてみれば紳士は作家にして詩人なのだそう。

どうです、安価だ疑念だとあなどるなかれ、文学的インスピレーションを呼び起こすまでなんです。

かくなるナゲット、うちは中学校が目と鼻の先でムスコはお昼にいったん帰って食べることとなり、給食から遠のくことになりました。

食べ盛りの給食でナゲットとなれば、一皿にいくつぐらいのるものなんだか。いくつ食べたってオナカイッパイには程遠い気が、しないでもないですが。

うちは昨日、晩ごはんが七面鳥ささ身のフライで、一枚余分に買ったのが冷蔵庫にあったんですね。

よろしい、ナゲットを、ではいっちょ作ってみましょうか。これまで一度も作ったことないんですが、なに、ミンチを卵でつなぎコロモはたいて揚げれば何とかなるんじゃないでしょうか。

NHK「今日の料理」でも観たことあります。

たねをひと口大に成形するときに、
「形をいびつにすると、より感じがでます」

まずはささ身をミキサーでガーッとやるんですが、いきなり難題が出現。家禽肉って粘るんですネ。そぎ身一枚分全部がミキサーの側面へベッタリ貼りついちゃった。

ナゲットはある程度の量をつくらないとダメみたいです。

こそげると、小鉢ほんの一杯分になりました。これに卵一個はいくらなんでも多すぎるナ、とも思いましたけど、溶き卵半分ポッチ冷蔵庫に残っても邪魔なので、ええい全部入れちゃえ・・

・・すると当然のごとく、水気多くずッくずくのビッタビタ。ここからいびつな形に成形するのは至難の業です。

でも、塩して乾燥エシャロットなどもパラパラしてさらにぐるぐるしているうちに鶏肉が卵を吸い、もったり、というまでになってきました。

小皿に小麦粉を積もらせ、ここへスプーンですくってポタリ。上から小麦粉パラパラ。しかるのちに熱した油へ次々落としていくとたちまち出来上がりです。

軽やかなスナックで、なかなかヨロシイ。

が、何もわざわざ額に汗してミンチになどせず、ひと口大のささ身にコロモつけて揚げるだけで十分おいしいんじゃないかなあ、とも、思いました。


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歩きながらパチリ。降り出さなくてよかったデス。

前菜は、カボチャポタージュ、自家製ナゲット
主菜は、シュークルート(ユダヤ式牛肉フランクフルト、千切り発酵キャベツ)、蒸しじゃがいも、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・急須の難 [朝ごはん]

朝ごはんの片付けにお盆をガサツに持ち上げた拍子に、手前にあった急須の持ち手にうっかりぶつかりました。

ワタシ、以前は絶対的コーヒー派でしたが、出産と同時になぜか緑茶派になりました。

バタン、と、急須は取っ手から跳ね上がり、本体はおさえられたものの、フタがずれて床に落下。一瞬の出来事はスローモーションを見ているがごとくでした。

まーっすぐ下降し、床タイルに垂直に当たって、八方へかけらがパリーン(、パリーンパリーンパリーン・・と、エコーさえかかった、気がした)。

アーア、やっちゃった。

こういう時って、自分のガサツを棚に上げて世の中の有りようを嘆きますね。

なによ、急須ってなんだって取っ手がああ突き出てるんだか。世界で最初に急須を発明した人はもうちょっとマシなデザインができなかったのかしらねえ・・

でもこの急須、とてもうまくお茶が淹れられるので、この夏に実家の茶の間から失敬してきたものなんです。うまく、というのは、中にたっぷりした金ざるがすっぽり入っていて、注ぎ口も広く目詰まりとは無縁なところ。

先代および先々代の急須(ポット型急須)は、目詰まりにさんッざん悩まされましたからね。

先々代はその上フタをやはり床に落下させ、長いことお小皿で代用せざるを得ませんでした。朝からその貧相なことといったらなかったです。

先々代がいよいよ目詰まりしてにっちもさっちもいかなくなったので、実家の戸棚に長いことねむっていたのをもらい受けて来たのが先代です。

「ンなこと言ってないで買えばいいじゃないの」
と、いうお声がどの方面からも聞こえてきましたが。

ワタシとてそう思います。が、フランスでよく見かけるティーポットでは、日本茶の「感じ」が出ないんですね。

パリには茶葉専門店がそこかしこにあり、日本の茶道具だってちゃあんと置いてます。

でもそこで買うのはぜーッたい、イヤ。なぜというにお値段が思いのほか張り、同様の普及品を日本で買えば格段に安いのが日の目を見るより明らかだから。

先代の、実家の戸棚から掘り出したポット型急須が実家に来た日のことは明瞭に覚えています。

あれは1970年代の後半、学校から帰ったら、ちゃぶ台に、昨日までの平凡な赤茶色の急須ではなく、青空に雲がうっすらたなびいたような色合いのポット型急須が置いてあった。

「お急須っぽくないオシャレな色合いで衝動買いしちゃった」
と、オカーサン(ワタシのオカーサンです)。

急須にしては
「ナウいなあ」
と、セーラー服のワタシもまた思ったものです。

実家の茶の間にはボタンタッチでチャンネルが変わるカラーテレビ(シャープ謹製)があり、その上方には「霧ヶ峰」、これらとこのポット急須のデザインはいかにもお似合いと納得したものです。

が、割に早々と戸棚のこやしになったわけが、もらい受けて初めてわかりましたね。

すぐ目詰まりする。そのせいで最後の一滴まで注げず、二煎めがぬるすぎてまずいことこの上ない。そこで新たにもらい受けて来た普及品の急須、目詰まりしなくてホント重宝。

仕方ない、明朝からお小皿がまたしてもフタ代わりです(泣)。


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ネズミとりの粘るやつをまたしても部屋の隅に置かねばならいことになりました。にっくきネズミ、捕れたら捕れたでオソロシイし、これ10ユーロ(1400円)もする(怒)。

前菜は、野菜ポタージュ、残りささ身で作ったナゲット
主菜は、鯛のグリル、いんげん塩茹で、じゃがいも塩茹で

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