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立ち呑み日記・戦いなかば [追究]

フランス大統領選の、第1回選挙が終わりました。

中道派エマニュエル・マクロン、次いで極右マリーヌ・ルペンが上位2人に残り、5月7日に決選投票となります。

競り合うどちらに軍配が上がるか、
「さあどうなるッ」
と、あたかも接戦のごとく日本では報道されている感じを受けましたが、じっさいには勝負はもうついています。

2002年、保守シラク元大統領と極右ジャン・マリー・ルペン(マリーヌの父親)が決戦に残った際には、シラクはテレビの候補二者対談を拒否しました。

差別主義者と対等の場に立つ気はない、そんなことしようものなら別の形で彼らの主張をみとめたこととなってしまう。

今回、マクロンは二者対談は行うと発表しています。今日ではそれだけ極右が看過できない存在になってしまったわけです。

「どうよ、元気?」
と、なじみの肉屋へ行ったら、およそ元気のない声で店長のロベールに挨拶されました。

ロベールは、引退した先の店主から居抜きで現在の経営者の下へ移籍し、一精肉職人から店長へと昇格。部下1人の小所帯なれど管理職には管理職のものの見方というものがあるものです。

意気消沈の理由が手に取るように分かりましたね。頼みの保守候補フィヨンがルペンに負け、大統領への道は断たれてしまった。

「決戦ではマクロン氏に投票します」
と、フィヨンは当選予測の第一報が出た時点で早々と敗退をみとめ、今後の身の振り方を発表しました。

「あいつらはね、右も左も真ん中もなくみんなつるんでるのさ」
と、ロベールのこぼすまいことか。
「同じエリート校出身の、陰じゃみんなおともだち、っていう茶番だよ」

確かにまあ、学校や議会で言葉を交わしている知り合いってのは確かでしょうけど・・

「だいたいね、つい前日まで政策を断固否定していたその口で『マクロンに投票します』なんてしゃあしゃあとぬかせるものかね」

でも万が一フランスが極右に牛耳られた日にはワタシなぞ外国人は住めなくなっちゃうじゃないの・・

タマゴを割らねばオムレツは出来ぬ、
というフランスのことわざを持ち出して左派メランション候補打ち出す新機軸に期待をかけていた友人は、今気持ちをどう整理しているんだか。

フランス南西部でトップの人気を誇ったメランションは、フィヨンの下の4位。

うちの14歳のムスメもまた選挙権もないのにメランションの政策に大いに入れあげ、政治デモにまで参加したクチです(前回の立ち呑み日記をご高覧ください)。

ムスメはテレビの開票速報を祈りをもって見つめ、その残念な結果に落涙し晩ごはんもそこそこにフテ寝したところ夜半に具合が悪くなって七転八倒、学校休んで寝込みました。

外国人のワタシとしては、マクロンでまあ妥当じゃないかと思いますヨ。

肉屋では、晩ごはん用にソーセージとシュークルート(酢漬けキャベツ)を買いました。

シュークルートは安価な量り売りで、いつもと同じく2人前ほど買ったつもりでしたが、家に帰って開けてみるとずっしりもずーっしり10人前ほどもあり、ロベールの心の重さがこうさせたのかと、持て余しながらもしんみりしちゃいました。


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もう何週間も前の近所の桜。ぼんやりしている間に今になってしまいました。ここのところ更新せずほんとうにごめんなさい。

前菜は、トマトとツナのサラダ
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、ベシャメルソースとスパゲッティ、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・政治デモ [ワルガキ]

「メランションの政治デモに行く」
と、14歳のムスメ。

ただ今フランスは大統領選の選挙運動真っただ中です。大統領選は、1回目の選挙で上位2人が選出され、2回目で決選投票となります。

投票資格があるのは18歳以上、中学坊主のムスメは当然ながら「おみそ」です。

ムスメがテコ入れするメランション候補は左派、最低賃金引き上げ、同性婚の認知などを公約に掲げ、候補者中唯一の反原発派でもあります。

ムスメの言うところによると、
大統領選といえば天下の一大事、何がなんでもメランションの政治デモに加わり世を良い方へ導かねばならぬ、ついては日本語学校はサボりたい・・

「それはだめです」

政治に興味を持つのは大いにけっこう、しかしながらやるべき勉強がおろそかになるのでは本末転倒ですッ。

人差し指をふりあげる日本人のオカーサン(ワタシです)をぽかんと見ていたムスメは、数秒の時間差をもって実にくやしげな顔になり、言わんとするところを理解したようでした。

ホンマツテントー、という四字熟語が、ややむずかしかった。

けっきょく、日本語の授業にちゃんと出席して、その前後なら行ってもいい、ということで折り合いがつきました。

パリのメランション政治デモは、13万人(主催者側発表)という大規模だったようです。

「数学の先生と美術の先生も参加するんだって」
と、学校で漏れ聞いてきたムスメ。

友だち数人も行くそうで、彼ら彼女らとエイエイオーと盛り上がろう、というわけです。

夕刻、ムスメは立派なプラカードとフランス国旗を肩に担いで意気揚々と戻って来ました。こういう道具類はデモ主催者が「どうぞ」とその場で配布するそうで、選挙ってなるほどお金がかかるもンですねえ・・

相当に気勢をあげたとおぼしきシオカラ声をふりしぼり、家に入りながらおぼえたての「インターナショナル」(歴史ある労働歌です)をひとくさり。

プラカードには、メランションの公約のひとつ、
「16歳に投票権を!」

あらでもそれちょっと若すぎるんじゃないの?
と、口をはさむと、
「それは違います」

労働権は16歳からで、成人同の等賃金労働に従事するのだから投票権だってあってしかるべき、と、ムスメはとうとうとはじめます。

そのいっぱしな応援演説っぷりを晩ごはんのしたくしつつ聞き流しながら、わが14歳の日々を振り返っちゃいましたヨ。

14歳のワタシは、政治などもうまるっきり、関心ありませんでした。

その2年前、日本はロッキード事件に揺れ、「ピーナッツ」「証人喚問」なんて言葉を小学生(ワタシらです)でも知るところとなりました。

「記憶にございません」
なんて、授業で先生に当てられたひょうきんものが切り返してはクラスが大爆笑、テナことが飽きもせず繰り返されたもんです。

恥かしいかなそこからの進展は、なし。

学生運動は過去のもので、政治に関心を示すのはダサいという風潮さえ、ありました。

そんなだったからこそ、権力者への忖度(そんたく)に次ぐ忖度で一部の人だけがいい思いするような実によろしくない国柄になってしまった、の、かも、なあ、と、反省が先に立ちますナ。


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どの小さい子が落としたんだか、舗道から見えるところに置いてありました。こういう布製人形(『ドゥドゥー』ってフランス語で言います)、乳幼児が依存するものとして親が与えるんですが、日本でそういう発想ってないですよネ。ワタシもうちの子どもらを託児所に入れたときに初めて知り、びっくりしました。

前菜は、さいの目鶏肉・トマトソース和えペンネ少々(以上残りもの)・トマトのマヨヨーグルト和えサラダ
主菜は、メルゲーズ(焼いた羊肉生ソーセージ)、さいの目じゃがいもソテー、いんげん塩茹で


立ち呑み日記・海苔弁 [ランチ]

本棚の、向田邦子のエッセイ集になんとなーく手が伸びパラパラやっていたら、
「海外旅行から帰ったらまず何食べる」
というくだりがありました。

おりしも日本から幼なじみが遊びに来て肩並べて街歩きなどたのしみ、「またねー」と手を振って帰っていったところ。

彼女は、羽田国際空港に到着するや自宅直行ももどかしく空港内の和風レストランののれんをくぐり、鯛茶漬けをサラサラっといったそうです。

いいナ。うらやましいナ。

往年の大作家はというと、半月もの北アフリカ滞在で羊肉に食傷して帰国した折、台所で真っ先に作ったのは「海苔弁」だったそうです。

「塗りのお弁当箱に(ご飯を)ふわりと三分の一ほど平らに詰める。かつお節をしょう油でしめらせたものを、うすく敷き、その上に火取(ひど)って八枚切りにした海苔をのせる。これを三回繰り返し」、蓋をして五分ほど蒸らす。

どうです、久々に海苔弁、食べたくなりませんか。

「海苔弁」と今こう言われるとしかし、白身魚のフライやらちくわ天やらがご飯にかぶさった黒い海苔の上にのっかっている姿のほうがどうしたって目に浮かんじゃいます。

海苔弁は、1980年代初頭、ほか弁の台頭により大変貌を遂げたんですね。

「こんなの断じて海苔弁ではないッ」
と、「ほっかほっか亭」が街角で目につき出したころ、十代のワタシが物珍しげに海苔弁250円ナリを買い携えて家に戻ったら、仕事帰りの父がアキレ声を出したものでした。

「海苔とかつお節の断層がまるっきり無いじゃないかッ」

父は向田邦子と同世代、子ども時分の美味しかったものバナシとなると一にも二にも
「海苔弁!」

「断層は三段ッ、 海苔弁というからには断然三段!」
と、力をこめます。

大作家もまた三段と明言なさっており、昭和初期はこれこそが理想の海苔弁の姿だったのでありましょう。

父があんまり言うものだから当時のワタシまでも三段海苔弁にあこがれたんですが、
「三段は無理ね、二段だってむずかしいんだから」
と、お弁当箱のフタをぎゅーっと押しつけながら、母。

昭和初期とうってかわり、1970~80年代の、ことに女子用お弁当箱は薄かったですからね。

それでも三段層をこの目でしかと見てみたい願望衰えず、あるとき母が不在で姉のワタシが弟のお弁当をつくることとあいなった折、ぎゅうぎゅうのぎゅーッと無理やり詰め込んで、ついに三段達成。

他のおかず入れる余地なし。だいいち本来の海苔弁は海苔とかつお節こそがおかずだったわけですしね。

「おいしかった?」
と、学校から帰って来た弟に尋ねると、返事の代わりに水道に口つけてごくごく飲み続けます。

「しょっぱすぎ」
と、ようやく口を開き、
「それに肉も野菜もなしでひたすら黒く茶色いだけで、むなしい」

ほか弁会社の方々も、飽食の時代に入りわが弟と同様の経験あって新生海苔弁を開発するにいたったのではありますまいか。

クックパッドを見ても、ご飯のみの海苔弁はないみたいです。おかずが何かしら入ってる。

ワタシとて、ご飯だけじゃやっぱりヤだなあ・・

大作家もまた、
「肉のしょうが煮と塩焼き卵をつけるのが好きだ」
とありました。


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文芸評論家の饗庭孝男先生の訃報を知りました。先生は学生時代の恩師です。先生が研究休暇でパリにいらしていた折私も学生で滞在しており、ご自宅にお招きいただき手づからの焼き餃子をご馳走になったこともありました。そのご研究休暇の日々を綴ったエッセイ『フランス四季暦』(東京書籍)に、日々の散歩コースにある雑貨屋として登場するのがこの店です。先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

前菜は、さいの目エマンタールチーズ入りトマトサラダ
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、チーズをからめたスパゲッティ、いんげん塩茹で、ベルギーチコリサラダ


立ち呑み日記・マカオに着く [追究]

ここのところ12歳のムスコは夜パジャマに着替えながら「しりとり」するのが日課なんですが・・。「き」がまわってきた時の、待ってましたとばかりの欣喜雀々、自信満々、いかばかりか。

「きんたま」

男子、といいますか正確を期しますとバカ男子、わが身にそなわっているこの器官の通称を発声する時のぐひひひ・・という得意満面といったらないです。

これで日本語の語彙が多少なりとも蓄積されるというのなら、マ、お品に関しては目をつむることにします。

ムスコはつい先ごろまで、実に不思議なことにこの日本語の存在をまるっきり知らなかったんですヨ。日本の小学校への体験入学は何度もしているし、それぞれの家へ遊びに誘い合う悪友(当然男子)だって何人もいるっていうのに、なぜ知らなかったんだか。

「チンコ」のほうは、6歳の体験入学の初日にさっさとおぼえて来ました。

「オチンチンは後ろ側までちゃんと洗いなさい」
とは、お風呂のときなんかに言うものの、「チンコ」なる語彙は家庭内にありませんでしたからね。

チンコのほうがオチンチンと言うより世慣れた感じがするンじゃないでしょうか。語彙は、いいも悪いも同世代の仲間から刺激を受けて増えて行くものです。

さて、きんたま。

「オカーサン、それどういう意味?」
と、ある日ムスコに聞かれ、知らなかったってことにたまげました。ユーチューバーによる「世界のスラング」テナ番組で聞きかじったもよう。

フランス語のほうはもちろん知ってますから「クイユ」とこうひと言で説明がつきましたが、日本語の「金」「玉」というのに、ムスコはいたく感激。

「中に本当に玉があるんだよオカーサン、それが金だというんだからいいな」
と、水(ウォーター)に触れて万物に名称があることを知ったヘレン・ケラーもかくやというありさまです。

それにしても昔のひとはなぜ「金」を持ち出したんでしょうネ。だって「玉(ギョク)」なら宝石の翡翠(ひすい)です。

翡翠玉、でもよかったんじゃないでしょうか・・

・・と思って調べてみたら、
生きているという意味の、生玉(キノタマ)、
大切なものという意味の、緊玉(キビシタマ)、
から、来ているものだそうです。

対するフランス語の「クイユ」couille’、古代ギリシャ語やラテン語で鞘(さや)とか隠すとか保護するというのが
語源だそうで、中身より外側を言ってます。

クイユ・モル(ふにゃきん)といったらけっこう耳にするフランス語の俗語で、「意気地なし野郎」。

「でもクイユはやわらかくて当たり前でしょ」
と、ちびすけどもがおそれ多くも校長先生に質問に行くおもしろいシーンがフランス映画の往年の名作「わんぱく戦争」にありました・・

・・とこう書いているうちに思い出しましたが、「きんたまの七不思議」なる春歌を大学生になりたての弟がコンパでおぼえて来て歌ってみせてくれたことがありました。

♪きんたまー、きんたまー、きんたまー・・
と、ガナリたてるのがなぜそんなに楽しいのかあっけにとられながらも、
(浪人生活が終わったのだなあ)
と、姉(ワタシです)は少々しみじみしましたです。


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はっ、写真撮り忘れたと大急ぎで先ほどスーパーで買ってきた化粧落としと歯磨き粉をパチリの手抜きの一枚。

前菜は、鶏ガラで出汁をとった長ネギスープ
主菜は、鶏ロースト、じゃがいもロースト(以上昨日の残り)、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・タンク型給湯器 [困った!]

ポタ・ポタ・ポタ・ポタ、と、バスルームの給湯タンクからもう、うんッざりするまでの水滴の音。

八分音符を刻むごとく、素早くポタ・ポタ・ポタ・ポタ・・

放置するとそのへんいちめん水浸し、のみならず階下に浸透して住宅保険を巻き込んだエラいことになりますから、盥(たらい)代わりにプラスチック製ゴミ箱をポタポタの下に置いてあります。

うちの温水タンクのリズムが狂いました。

フランスの多くの家庭で使われている給湯タンク、タンク外へのポタポタは実のところ当然なんですヨ。タンク内で水が温められると蒸気で内部の圧力が高まるので、その圧力を逃がすためにポタリ・・・ポタリ・・・と水滴が外に落ちるしくみになっていて、その水滴は空き缶みたいな受け皿から排水管へと流れていきます。

そのポタリ・・・ポタリ・・のテンポが早くなり過ぎると、受け皿からあふれ出ちゃう。

こうなったのは訳があり、ワタシが買い物に出ている間に二階下の一人暮らしの青年が助けを求めに来たらしいんですね。

青年の部屋の給湯タンクが必要以上にポタポタして止まらず
「配管工さん紹介してくれませんか」
というわけです。

まかせなさい、と、家にいたオットが青年を招き入れると、うちの給湯タンクで状況の詳しい説明をしてくれたそうです。

ただ、わがオットは無類の機械オンチ、説明を聞いたところでどうにもなりゃァしない。

「圧力レバーがバカになっちゃったみたいなんです、ホラここのところ」
と、青年はうちの給湯タンクの圧力レバーに手をのばし、条件反射的にひゅっと動かしたもよう。

するとたちまち、うちの給湯タンクも必要以上のポタ・ポタ・ポタ・ポタ・・が始まってしまった。

「なんでいきなりグッとやっちゃったんだかねえ」
と、大慌てで呼んだなじみの配管工さんのこぼすまいことか。

配管工さんは、青年のところとうちと階段を上がり下りしながら同時にあんばいすることとなりました。

青年のタンクは幸いにもイッパツで正常に戻りましたが、うちは、ダメ(涙)。配管工さんがあれこれして、やれうれしや元通りになった、と胸なでおろしたその矢先、またぞろポタポタ始まっちゃう。

「そのうちしぜーんとおさまるんじゃないかね」
と、配管工さんは暢気なこと言って帰り支度を始めます。

「おねがい見捨てないでッ」
と、すがりつく勢いのアラフィー女(ワタシです)をふりきるように、配管工さんは去って行きました。

フランスの給湯器って、まったくもうどうしてこんなポタポタのしくみなんだか。日本の給湯機にポタポタ、ついてるでしょうかッ。

外部にポタポタさせなくていいしくみになぜ開発できないんだか(ドン、と机を叩く)。

フランスのタンク型給湯器は、20世紀初頭にフレデリック・ソテーというスイス人が開発したものだそうです(今もソテー社といったら大手です)。

やっぱり、当時、産業革命を経たところで、産業革命といえば蒸気機関ですから、家庭用給湯器でも蒸気の存在をポタポタで確認したかった、ん、でしょうかネ。

配管工さんの見立て通り、過度のポタポタはしぜーんとおさまりました。


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モンダイの箇所がこれです。ポタポタがいったん外の目に触れます。そうならないしくみでもいい気がするんですが、考えてみればディズニーランドの室内型ジェットコースターも一瞬外に出ることがありますが、あれと同じ感じなんでしょうか。

前菜は、アボカド、レモンで
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、野菜クスクス、いんげん塩茹で



立ち呑み日記・新しい冷蔵庫 [困った!]

冷蔵庫がついにダメになりました。

と、いいますか、
冷蔵庫がダメになってることに、ついに気づいた。

ないしはむしろ、
冷蔵庫がダメになってると実は気づいていたことに、ついに正面切って立ち向かった。

冷えないなあ、とはずっと思ってたんですよ、それももう何年も前から。

「冷蔵庫にシャンパンがキリッと冷えてるよ、シェリー」
なんてセリフがテレビのホームドラマであったりすると、画面の向こうの夫婦をうらやんだりしていたんです。

うちだってシャンパンは時に冷蔵庫に入るものの、「キリッ」まではここ何年も到達し得なかった。

(最近の冷蔵庫は温度制御がきいてるしこんなものよね)
と、われとわが身をナットクさせてここまで来ました。

先代の冷蔵庫は1970年代の代物で、これが冷えすぎて氷ができちゃうくらい。

それもまあちょっとあれかと、20世紀末に台所をやり直した機会にビルトイン形式のものに買い替えたのが、これです。

腰の高さの上方が冷蔵庫で、下が冷凍庫。

それまでちゃんとした冷凍庫がなかったのでそりゃァ嬉しかったです。冷凍食品屋さんからあれもこれも買い込んで収納してみました。

ただ、うちは市街地にあるもんですから、たとえ夜半でもスーパーやテイクアウトへ買いに走るなり気軽な食べ物屋に行くなりすれば冷凍食品の出番はこれといってない、ということに改めて気づかされることになります。

それでも、ちびすけたちにのませた母乳や離乳食の冷凍には重宝しましたヨ。

冷蔵庫はうちの狭い台所の戸棚代わりでもありお味噌や梅干しまでも、温度高めとなる最上部の、チーズボードの隣りに並びました。

それがこの間、久々に田楽でもしようかとタッパーで保存していた「天然麹味噌」をとり出したら、目を覆うばかりになっていた。

カビか麹かはたまた菌(きのこ)か、薄気味悪い白いプツプツがみーっしり、タッパーから這い出る勢いで繁茂している。

隣りにあったチーズボードの発酵菌と味噌の天然麹がどうも呼応しちゃったみたいなんですね。ここへきてついに冷蔵庫の寿命と向き合うべきと心が決まりました。

味噌が腐る冷蔵庫って、どうよ。

そのわが決心を冷蔵庫自身が察知したか、冷凍庫が急に役割を放棄した。

ホントにわが心を読んだようなタイミングでした。年末の一時帰国前に予備食にと買いおいた冷凍食品をとりだそうとしたら、ありゃりゃ、溶け切った霜とともにどっふりの水浸し。

つい前日まで冷凍庫のほうは何ともなかったのに。

電化製品って、重宝して使っている間は蜜月といってもいいほどの仲なのに、ひとたび買い替えの決心がつくと実にそっけなく心離れしちゃうものですナ。

未練も何もなく量販店に行き、店員さんにかくかくしかじかのビルトインと伝え、これまでと同等の冷凍冷蔵庫購入とあいなりました。

配達までの日々を窓辺の天然冷蔵庫でしのぎ、ついに新品がビルトイン。

同じ電化製品でもパソコンやスマホなら新品へのワクワク感もありましょうが冷蔵庫ではそうもならず、野菜は野菜室に乳製品はこの段にと以前通りにさっさと戻りました。


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晴れてますけど、氷点下の朝です。

前菜は、野菜ポタージュ
主菜は、鶏ローストの残り肉と残りじゃがいものスペイン風オムレツ、いんげん塩茹で




立ち呑み日記・絶滅した食べ方 [困った!]

東海林さだお様の御著書『レバ刺しの丸かじり』新潮文庫のみかんが登場する章を読んでいて、(エエエエエー!)と、そりゃもう天と地がひっくり返るほど驚きました。

みなさん、みかんってどうやって食べます?

大作家は、カワをむいて三つぐらいに割り、
「ブロックごとポイと口にほうりこむ」

ワタシも在住四半世紀を越えたパリで、フランス語でいうところのクレマンチーヌやマンダリンという南仏やスペインやコルシカ島あたりの名産みかんをそうやって食べているので、ここまでは普通に読みました。

なぜ、クレマンチーヌやマンダリンをブロックごとお口にポイかといいますと、みかん自体が小粒なところふさとふさが堅固に密着してい(るような気がし)ていちいちふさひとつずつに分けるのがメンドくさいから。ふくろごとのみこんじゃいます。

天地がひっくり返ったのは、次でした。

「昔はどうだったか」
という問題提起があり、ひとふさずつ口に入れ中身をチュッと吸った後にフクロを口からひしぎ出しむいたカワの中に収める例の食べ方を、今は完全に絶滅したものとして紹介なさっているんですね。

「あれも食べたいこれも食べたい」の1989年にもみかんをテーマにした「危険な話」という章があり、このときはチュッと吸ってふくろを口から出す食べ方が当たり前だった。

それがほんの20なん年の間に、日本人のみかんの食べ方がガラッと変わってしまった。

ワタシ、ふくろを口から出す食べ方が日本で絶滅していたとはつゆとも知りませんでした。愕然とはこのこと。わが身のウラシマここに極まれり。

みかんのふくろ 口から出す
とこう慌てて検索すると、アンケート記事を見つけました。

その回答者のほぼ全員が、
「出すわけない、ふさごと食べる」

「出す」に関しては、
「義母がそういう食べ方をして汚らしい」
「夫がそういうことするのが上品と思い込んでいるのが心底イヤ」
「出す人本当にきったない、やめてほしい」
と、そりゃもうさんざん。

みなさん、いつごろからふさを口から出すの、やめたんですか?

考えてみればワタシなどもうなん十年になるんだか、冬に一時帰国した折にみかんに手を出すこと、なかったです。

なぜというに、大人になって久しい今日お三時は食べないし、食後にしてもオサケをクイクイやってるとデザートまで到達しない。

クレマンチーヌやマンダリンの酸味のきいた味に慣れてしまった身には甘さの際立った日本のみかんがチト甘すぎてやや敬遠、というのも正直なところないとは言えないです。

昔は、大好きだったなァ・・

冬になると玄関の外に箱で買ったみかんがあり、六つも七つもいっぺんに食べました。外気で冷えたみかんの美味しいこと、チュッチュッと吸って歯でしごき出してはカワにもどした食べ殻の小山がコタツの上にたちまちに出来たもンです。

大学受験の時、お昼休みに隣りの席の子がお弁当の包みを開けたらみかんが六つゴロンところがり出てきた光景も、今こつ然と思い出しました。

ふくろまで食べるとなればお腹もふくれましょうから、今、みかんを六つも七つもいっぺんに食べる人っていないのではないでしょうか。


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クリスマス前はにぎにぎしく感じたイルミネーションも1月半ばを過ぎるとどこか寒々しい(気がする)。寒いのはまだまだこれからです。

前菜は、クレソンのスープ
主菜は、鱈(たら)そぎ身フライ、刻みパセリをふってオリーブ油をふったじゃがいも塩茹で、いんげん塩茹で

立ち呑み日記・太平燕 [真夜中]

太平燕(タイピーエン)って、熊本では知らない人のいないご当地グルメの春雨汁麺なんですってネ。

ただ今、年末の一時帰国からパリに戻るJALの機内。

到着間際の二度目のお食事にこれまでもモスバーガーや吉野屋の牛丼が出てヘーエと思ったことがありましたが、今回は太平燕(タイピーエン)でした。

本場熊本の老舗・紅蘭亭のものだそうで、プレートにはくまもんのイラストが躍(おど)っています。

大平燕(タイピーエン)は明治時代に華僑がもたらした一品料理で、起源の中国ではワンタンの浮き身入りスープ風だったのを日本人の嗜好に合わせ春雨汁麺に改良したのだそうな。

機内食のこれは透明スープも春雨もやさしい味つけで、別添えのツナと味付きうずら卵とレタスを加えまぜまぜします。

ただ、長時間のフライト中で茫洋(ぼうよう)とした頭では食べ方の栞(しおり)通りちゃんとなぞるのはなかなかむずかしい。

ワタシなど味付けうずら卵とツナとレタスを前菜のサラダと思い込んでぱくっといっちゃいました。

あと少しで到着だな、と、ほっとしながらズルズルズルやっていると、慌ただしかった実家滞在をいやがおうでも振り返っちゃいます。

今回、あろうことか子どもらはついて来ませんでした。必然的にフランス人のオトーサン(ワタシのオットです)も
居残りとなり、ワタシ一人の気まま旅。

パリの年末はクリスマス市のスケートリンクやらパジャママーティーやらが待ち受けていて、子どもらはおともだちとのつきあいのほうが格段に楽しい、というわけです。

マ、ちびすけも成長しますからネ。

日本の実家では窓ふきやら網戸洗いやら、老父母にはこたえる年の瀬の家事がたっぷり待ち受けてました。

滞在中、「SMAP×SMAP」最終回など気になるテレビ番組もありましたが、時差ボケ抱え撃沈ばかりのワタシは観ること叶わず(紅白またしかりでした)。

でも日々快晴で、富士山がくっきり見えましたヨ。老父母と出かけた熱海の温泉の帰りに十国峠まで足を延ばすと、くっきりもくっきり。

写真におさめようとスマホかざそうとしたら、同じようにパチパチやっている観光客の大半が外国人なのに気づきました。芦ノ湖のほとりでキャーキャーやっている若者たちから聞えてくるのも中国語や韓国語。

パリではワタシのほうが外国人なのでなんだか不思議な気分です。

機内の大平燕(タイピーエン)には焼きおにぎりもついていて、春雨を食べ終わったらスープに落として食べる趣向です。

これがまたよろしかったんですヨ。表面がパサッと乾いたなりの三角むすびが、どういう工夫か汁の中でさっとほどける。

米粒がうまあい具合にスープを吸い、実に塩梅のいい雑炊風になりました。

驚くかな最後のひとさじをすくうと、容器の汁がきれいさっぱりなくなるまでになる。機内食用によく研究開発されているもンですネ。

7プレートが片付けられ、映画を観るのにも飽きて80年代歌謡曲やら「ジェットストリーム」やらから気忙しく選曲していると、機体がグーっと傾いて丸窓からパリ近郊の森や高速道路が見えてきました。


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芦ノ湖のほとりで富士山を眺めてからパチリ。食べ物屋の料理サンプルってはげしくはげッしく心をソソリます。フランスに存在しませんしね。

前菜は、さいの目かまぼことトマトのサラダ
主菜は、カレー粉を少々ふった七面鳥腿肉ロースト、じゃがいもクリーム和え、いんげん塩茹で、グリーンサラダ


立ち呑み日記・極秘サンタ [ワルガキ]

14歳のムスメがムウッとした顔つきで学校から帰って来ました。

ポイとやけっぱち気味にテーブルに投げ出したのを見れば、ムスメの名前が書かれて乱雑に折りたたまれたレポート用紙からはみだす、5フラン(約700円)紙幣。

「プレゼントがこれだってサ」
と、憤懣(ふんまん)やるかたないとはこのこと。

いえね、クラスで「シークレットサンタ」をすることになったらしいんですね。

「シークレットサンタ」はクリスマスのプレゼント交換で、クラス全員からくじで引き、あたった相手にプレゼントします。誰にあげるか秘密にするところから、「シークレット」。

とはいえ、ムスメがもらうのはポールくんからと、ムスメは秘密裡に知ってました。

「あいつに何あげたらいいかな?」
というようにポールくんが男子仲間へ相談を持ちかけたのが漏れ、ムスメ本人の耳に届いたもよう。

ムスメがあげることになったのは、サミュエルくんです。サミュエルくんは『ワンピース』から『進撃の巨人』から最新のマンガは全て読破しているマンガ好きだそうな。

そのマンガ博士を唸(うな)らせるようなマンガをプレゼントしてみたい。

「オカーサン、日本人なんだからフランスの誰も知らないようなやつ、見つけて来てよ」
と、ムスメにおねがいされました。

そんなこと言われてもねえ・・
と、弱りながらとりあえず本屋に向ったんですが、道々、割とすぐに心が決まりましたね。漫画といったら手塚治虫、手塚治虫といったら『ブラックジャック』、ではないでしょうか。

本屋のマンガコーナーで店員さんにたずねると、ありましたありました。

ただし、1996年発行の古本(新刊と古本を並べて売る本屋なんですヨ)、でもそのお蔭で安くつき、一冊の予定が二冊買えました。

ムスメは一冊ずつ丁寧に包み、さらにそれをクリスマスっぽい包装紙で飾った靴の空き箱に入れてりぼんをかけました。

なかなかの豪華版の出来上がりです。

さていよいよシークレットサンタ当日。

サミュエルくんは、ムスメの、いかにも女子からっぽい包み紙に小躍りし、紙をびりびり破いていまだ知らぬ名作マンカに瞠目したそうな。

プレゼントは値段ではなく、見るからに二束三文なれど素敵に包装したアクセサリーとか、画用紙に自分で描き段ボールで額装したサンタの絵とか、工夫がいろいろあったそうです。

「そう、お金の問題じゃないんだよ」
と、ムスメは5フラン札をつまみあげて口とがらすまいことか。

ムスメのシークレットサンタとなったポールくんは悩みに悩み、結局何にしたらいいかわからないから
「いっちょギャグでいこう」
と、こう思いついて当日の朝オカーサンに現金せびったらしいです。

わざと汚らしく包み、渡すときの自画自賛のクヒヒヒ笑いといったらなかったそうです。

このテをギャグと思い込んじゃう男子って、いるんだよナ・・
と、オカーサン(ワタシです)はアーアと思いましたね。

このあたり、男子(といいますかオバカ男子)と女子の間には、深くて暗い川が、ある。

うちにも12歳のオバカ男子が控えておりますから、同じことやりかねないと肝が冷えて仕方ないです。


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ムスメが大親友のために用意したプレゼント、運動靴を買った時にとっておいた箱の流用です。中身は手作りのアクセサリーなど、マ、大したものじゃないんですが。

前菜は、胡麻油と乾燥エシャロットをふったさいの目切りビーツ(赤かぶ)のサラダ
主菜は、牛挽き肉ステーキ、ねじりマカロニのペストソース和え、モロッコいんげん塩茹で


立ち呑み日記・駄セーター [追究]

ローソンのクリスマスキャンペーン景品があえてダサいデザインのセーターなり、という記事で、
駄セーター
なる言葉を知りました。

なかなか穿(うがった)ネーミングではありませんか。

駄セーターは、おもに英米(アングロ・サクソン)のクリスマスの風習(?)だそうです。

クリスマスのプレゼント交換に、親族のおばあちゃんや伯母さんあたりから手編みのセーター、それも胸の前面に大きなトナカイの首だの真っ赤なサンタさんだのが編みこまれたケバケバしいのが来ちゃう。

幼児向けならいいものの、大の成人男にこれです。

ひと目ひと目に真心こもっているところ、ジェントルマンたるもの(とほほ)と内心泣きながらも感謝の意を表し袖を通して見せないわけにいかない。

『ハリー・ポッター』にも、ハリーの親友で庶民的な大家族の六男・ロンに、お母さんお手製のクリスマスプレゼントとして胸に大きくイニシャルを折りこんだ野暮ったいことこの上ないセーターが送られて来るシーンがあります。

英米の男たちは、逃れられなかったダサい手編みセーターのトラウマを抱えて生きているらしいんですね。

そこで近頃ではこのトラウマを逆手にとり、あえてダサいセーター着てクリスマスパーティーにのぞむのが、ひとつの流行になっているもよう。

宴(うたげ)の終盤に、
一番ダサいで賞
が選出されより盛り上がる、という趣向です。

なんでも、この12月16日は「国際駄セーターデー」なんだそうな。フランスの新聞「ル・モンド」電子版までもがこの風潮を取り上げていたのでたまげました。

本年、なんでまた国をまたいでまでして駄セーターに注目が行ったのか。

フランスだって、おばあちゃんや親戚の伯母さんの手になる野暮ったい手編みセーターがノエルに贈られて来たはずですが、「駄(ugly)」の烙印が押されて来た気配はありませんでした。

アングロ・サクソンとラテン民族のこの見解の差はどこから来るのか。

万事アメリカ寄りの日本は、ローソンの景品をきっかけに駄セーターが発展していくんでしょうか。

ワタシが学生だった80年代前半は、クリスマスシーズンともなるとカレシへのプレゼント用に学食でせっせと編み針動かしてるコがあっちにもそっちにもいたもンですが。

あれから30余年、久々に編み棒引っ張りし出して息子、ないしはひょっとしてもう孫へ、あえて悪趣味セーター編んだりするのか。

「スネークマンショー」や「オレたちひょうきん族」などパロディになじんで来たわれわれ世代はおもしろがれそうな気もしますが。

こういう悪趣味セーター着てのパーティーは「ネクラ」でしょうか「ネアカ」でしょうか。

「駄セーターをあえてまとうことによって逆に本来の自分はこんなデザインなど手にしないという趣味の良さを体現するスノビズム」
というようなことが『ル・モンド』には書かれていましたが。

ローソンの景品のセーターは胸に大きく金のスパンコールのフライドチキンがあしらわれているそうです。

すっげぇダセぇ!
と、記事にはありましたが、渋谷の雑踏で見かけたら、ごくふつうにオシャレな感じがしないでもないです。


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パリ市役所前を通りがかりにパチリ。夕方のことでそんなに遅い時間ではないんですが。

前菜は、トマトとさいの目エマンタールチーズのサラダ、エリンギのオリーブ油ソテー
主菜は、七面鳥ささ身ムニエル、ねじりマカロニのペスト(バジリコソース)和え、しんげん塩茹で、マーシュサラダ


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